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さくら色の故郷 40-2
一旦家に入り手を洗ったりして、奥さんの入れてくれた紅茶を飲み、それから赤ちゃんを抱っこさせてもらった。今度は僕の腕をギュッと掴んでくれた。
「わっ掴んでる!」
これはなんとも切ない疼きだ。僕は確実に夏樹を思い出していた。五歳年下だったので、割と早くに抱っこさせてもらった。夏樹もこうやって僕の腕をギュッと掴んでくれたから。
あの時、絶対に手離さないと誓ったのに、僕から夏樹が零れ落ちてしまうなんて思いもしなかった。
「瑞樹、どれ? 俺にも抱っこさせてくれよ」
「あっはい」
宗吾さんに赤ちゃんを預け、僕はすぐに芽生くんを探した。
気になったんだ、無性に……
芽生くんは少しだけ寂しそうな顔でポツンと窓際にもたれていた。
「僕は芽生くんを抱っこしたいな」
そう言うと、恥ずかしそうに頬を染めた。
分かるよ。君の気持ち……
夏樹が生まれた時、僕もそういう気持ちも味わった。
「ねぇ……おにいちゃんも小さい赤ちゃんの方がすき?」
「芽生くんがたいせつだよ」
芽生くんがもじもじと上目遣いで聞いてくるのがいじらしくて……僕はそのまま天井に着くほど高く抱っこしてあげた。
「僕はこの子がいいな」
「おにいちゃん……もうっだいすき!」
芽生くんが僕の首に手を回してギュッとしがみついてくれたので、ますます愛おしさが込み上げてきた。普段は大人びている芽生くんも、やっぱりまだたった五歳の幼子だ。
まだたった五年しかこの世を生きていないのだから。
夏樹はいなくなってしまったが、芽生くんと出逢えた。だから……
「僕の宝物だよ。芽生くんは」
最後にペンションの前で全員で記念撮影を撮った。
この旅行で僕は何枚も……集合写真を撮り続けた。
僕が撮り、僕も中に入った。
「宗吾さん、最後に俺とツーショットを」
「セイ! お前、何言ってるんだよー」
「だってさぁ、彼、カッコいいから」
「宗吾さんは僕のモノだ、あっ……」
つい張り合って馬鹿なことを口走ってしまった。するとセイに髪をクシャっと撫でられた。
「瑞樹よかったな。瑞樹のモノが出来てさ。お前はここでは失ってばかりだったから」
「あっ、うん……そうだな」
大沼は僕の故郷だ。
僕を待つ家族はこの世にもういないけれども、あらゆる所に思い出は散らばっていた。
ここで過ごした僕の痕跡を辿ることも出来るし、当時の僕を知る人もいてくれる。
だからやっぱりここは生まれ故郷だ。
最後に僕の眼でシャッターを切ると、ちょうど風が吹いて桜の花びらが視界に舞い込んで来た。
一面……桜色の世界だ。
僕の故郷は桜色に染まっている。
しあわせな色に染まっている。
『さくら色の故郷』 了
あとがき(不要な方はスルーしてご対応ください)
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こんにちは。志生帆 海です。いつも読んで下さりありがとうございます!
連休最終日に無事に函館大沼編を書き終えました。物語の世界では2泊3日の旅行のはずが、なんと40話になりました!
その分じっくり瑞樹をとりまく環境を描くことが出来、作者としても非常に楽しかったです。
一緒に旅行してくださり、沢山のスターやページスタンプで毎日応援して下さり、ありがとうございます! 外出自粛の中、コツコツ書き続ける励みになっています。
明日からは東京編です。エピソードが浮かぶ限り連載を続けてしまうと思います。お付き合いくださる方がいらしたら、ぜひ一緒に楽しんで下さいませ♥
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