7927人が本棚に入れています
本棚に追加
花束を抱いて 4-2
そんなことを考えながら過ごしてきたせいか、最近の僕は少し貪欲だ。
僕がしたいことをちゃんと口にでき、行動できるようになってきた。
宗吾さんに『今日は恵比寿に出かけて、デパートで僕のプレゼントを選び、そのままホテルでフルコースディナーをしよう』と最初言われたが、それはまたいつかの楽しみにさせてもらった。
今はまだ幼い芽生くんと、こんな風に……家でのんびりするのが快適だ。
そして何より僕自身が、日常の……のどかな時間を熱望していた。
物思いに耽っていると、芽生くんは子供部屋の本棚の前にしゃがみ込み、集中して絵本を読んでいた。
笑窪のあるふっくらとした幼い手で、たどたどしく本のページをめくる仕草が可愛い。
「何、読んでいるの?」
「あ……おにいちゃん、この絵本のここがねぇ、メイ、ダイスキなんだ。何度も読んじゃう」
「そういうのわかるよ。ふぅん……お気に入りなんだね。どれ? 見せて」
「うん! ほらみてー コレおいしそうでしょう」
芽生くんが指さすのは動物たちが森で大きなケーキをフライパンで焼いているシーンだった。ケーキは、こんがりキツネ色でなんとも美味しそうだ。
「あっ……これ、僕も読んだことあるよ」
昔から定番の絵本で、大沼の子供部屋にもあったな。
懐かしいし、楽しい思い出があったような……
そこからふっと記憶が蘇ってきた。
「そうだ! このケーキ、僕は食べたことあるよ」
「えぇ? 本当につくれるの?」
「うん。僕のお母さんが作ってくれて」
「いいなぁ。メイも食べたいな」
「あ、もしかして」
慌てて大沼でセイに渡された母のレシピノートを取りに行き、中を探すと、やっぱりあった!
『絵本の中の夢のケーキ』と題して、しかもその横に『ミズキのお誕生日に作ったら喜んでいたから、リピート決定!』と書かれていた。
明るくて優しかった母らしい一言だ。
「これ作ってみようか」
「本当に? じゃあおにいちゃんのお誕生日ケーキはこれだね」
「うん!」
材料は小麦粉、卵、砂糖、牛乳と書いていある。これなら特別のものは必要ないな。家にあるシンプルなもので出来るのも、うれしかった。
宗吾さんに話すと「ケーキくらい近くの店でホールケーキをと思ったのにいいのか」と驚かれたが、これを食べたいとお願いした。みんなで作りたいとも。
こんな風に、僕はこの家に溶け込んでいく。
これでいい。
これが僕が敷いたレールだ。
ゆっくり走って行こう。
僕たち3人で……
今日はシンプルに優しい1日を過ごそう!
最初のコメントを投稿しよう!