花束を抱いて 5-2

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花束を抱いて 5-2

****  当たり前の1日を所望するのは……俺の愛しい恋人、瑞樹。    謙虚で健気で慎ましい彼らしいよ、全く。  そんな君が好きだ。  今まで俺がつきあった奴らはみんな貪欲だった。そして俺もそんな世界に溺れていた。  皆……誕生日にはアクセサリーを買ってもらい、美味しい食事に連れて行ってもらえるのが当たり前だと思っていて、俺もそう思っていた。  だからつい昔の癖で瑞樹に提案したら、やんわりと断られた。  しかしこんな普段通りすぎる日常で本当に喜んでもらえるのかと最初は訝しく思ったが、瑞樹は朝からずっと上機嫌だ。だからせめて誕生日ケーキくらい奮発したかったが、彼の生みの母の手書きノートを見せられた。  これはもう作るしかないだろう。幸い家にある材料で出来るしな。  瑞樹が喜ぶのなら何でもしてやりたい。どんな些細なことでも……  最近……瑞樹が俺に対して自分の意見を言えるようになって嬉しいよ。  今まで遠慮ばかりしていた君だから、俺の前では我儘になれ。でもこんな可愛い我儘だとはな。 「よしっ、レモネードでも、作ってやるか」  風呂上りの彼らに飲ませようとレモンをギュッと絞っていると、芽生がびしょびしょのまま、素っ裸で飛び出してきた。 「おいおい、床が濡れるだろう~」  眉を吊り上げるが、芽生の方は血相を変えていた。 「どうしたんだ? ほらお前が歩いてきた所を見ろ、濡れてるぞー」 「パパ! そんなことより大変大変!」 「何が?」 「おにいちゃんが大怪我しちゃった! 赤いのいっぱいで!」  なんだって? 赤いって……まさか血か!   瑞樹、どこかで怪我したのか!どこかで切ってしまったのか!  そんな危険なものは置いてなかった思うが……鏡とかガラスが割れたのか。  あの日手を血だらけにして、俺の元に戻ってきた君の姿が過ぎってしまったので、俺も血相を変えて、風呂場に走った。 「瑞樹、無事か!」  叫びながら浴室のドアをガラッと開けると、瑞樹は羞恥に潤んだ瞳で湯船に肩まで浸かっていた。恥かしそうに胸元を手で押さえているそのポーズが色めいていたが、ここはそうじゃない! 「宗吾さん、恨みますよ……」 「あっそうか。ごめん」  俺がつけたキスマークだ。全部……  ガバっと頭を下げると、隣で芽生がキョトンとした顔で見上げていた。 「おにいちゃん、よかった。自分でお風呂に浸かれたんだね。もう痛くない?そこ……」 「うん、心配かけてごめんね。ちょっと……ぶつけちゃったみたい」 「あぁびっくりした。お兄ちゃんって意外とおっちょこちょいだね。大きくなったら芽生がしっかり守ってあげるね」 「くすっ、頼もしいね」  甘くて可愛い(将来がかなり!心配な)会話で、場が和んでいく。  しかし……さっきはまずかったな。気丈なオレでもあの日軽井沢で手を真っ赤に染めて俺の元に戻ってきてくれた君の痛々しい姿を思い出すと、未だに躰が震える。 「宗吾さん? 僕はもう怒っていませんよ、どうしました?」    レモネードを飲み終わったら瑞樹が、キッチンまでグラスを下げに来てくれた。俺が少し元気ないのが伝わったのか、心配そうに覗き込まれて答えに窮した。 「悪い、瑞樹が怪我したって聞いてドキっとしたんだ」  素直に伝えると、瑞樹はあぁと思い当たるように頷いて…… 「宗吾さん、僕はここにいます。ちゃんと戻ってきましたよ。ほら」  そう言いながら頬にチュッとキスしてくれた!    すぐに照れくさそうにそっぽを向いているが、目元が赤くなっていた。 「もっと欲しい」 「欲張りですね」 「君にだけだ」  芽生はテレビに夢中だ。ここは柱の陰で死角だ。 「宗吾さんに心配かけるようなことは……しません。でも、アレはもうつけちゃ駄目ですよ。芽生くんが心配するので」 「ううう……残念だ」  本当は瑞樹のしっとりときめ細かい肌に痕をつけるのが好きだが……ここは仕方がない。 「その代わり、これで我慢を」  瑞樹にしては大胆なことを……彼の方から深いキスをひとつくれた。  レモンの香りが残った爽やかなキスに、俺はあっという間に浮上する。  彼にますます魅了されていく!  瑞樹は俺の心を置いていかない。  いつも一緒に寄り添ってくれる。  それが嬉しい。      
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