花束を抱いて 6-2

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花束を抱いて 6-2

 帰宅後は母のレシピ通りにケーキを焼いてみた。今度は僕も手伝った。泡だて器で生地を混ぜていると、小さい頃、母がこうやって作っているのを、ワクワクしながら見ていたのを思い出した。 『瑞樹、ほらオーブンに入れるわよ~ちゃんと膨らむかな』 『ママ、だいじょうぶだよ! ボクがおうえんしてあげる』 『わぁ心強いな。じゃあ焼きたてをママとすぐに食べようね!』  焼きあがるまでの時間、ずっとオーブンの前をウロウロして、いい匂いがしてくるのに心を躍らせていた。  焼きたてのこんがりキツネ色の表面のケーキに感動したんだ。 dca4abaa-2b00-4e24-b2ed-817dfd89764d 『ママー本当に絵本とおなじだねぇ。すごい』  母がそれを手でちぎって『ほら、あーん』と言いながら、僕の口に放り込んでくれた。 『あったかい! おいしいね! 』 『うん、美味しい。おいで、もっと食べさせてあげる。ほらアーン』  まだ夏樹も生まれる前で、僕はまだ一人っ子……母にべったりと甘えていた。 『あーん』 『ふふっ可愛いお口。瑞樹だぁいすき!』 『ボクもママ、だーいすき!』  そのままぎゅっと抱っこされると、母からは素朴なケーキの匂いがした。  あたたかな思い出、僕だけの母の思い出……に、涙がじわっと込み上げてしまう。 「ほら、瑞樹、焼きたてを食べるぞ」 「あっはい!」 cb036331-d59c-49a3-927e-fa862666c3bd    宗吾さんがあの日と同じように、手でちぎってくれる。 「口開けてみろ、食べさせてやろう」 「うっ……恥ずかしいですよ」 「おにいちゃん、こうだよ。アーン!」  芽生くんが隣で大きなお口をあけてパクパクしている。そこの宗吾さんがカステラを与える。雛の餌付けみたいで可愛いよ。 「ねっ、おにーちゃん出来る?」 「うっうん、分かった」 「あーん……」  ちぎったカステラ生地は、まだあたたかくて素朴な味がした。  この味だ! この味を探していた。  ずっと迷子だった僕の彷徨っていた心が喜んでいる。 「おいしいか」 「はい、母の味と宗吾さんの味……両方混ざって、とても」 「よかったねぇ。おにいちゃん、ほっぺたがおっこちそうなほどおいしいよ」 「本当にそうだね。芽生くんも気に入った?」 「うん! やさしいし、あたたかいね」  物事はそんなに難しく考えなくていい。  おいしい、やさしい、あたたかい。  子供が使う言葉って、シンプルでいいな。  その晩は夕食に手巻き寿司を用意してもらった。    函館生まれの僕が海鮮好きだと知っている宗吾さんが、沢山美味しそうな刺身を買ってきてくれたのだ。  そして最後はキングサイズのベッドで、3人で手を繋いで眠ることにした。  芽生くんを真ん中に、僕たちは川の字だ。 「宗吾さん、僕に素晴らしい1日をありがとうございます」 「こんな1日もいいな。当たり前の日常を俺も噛みしめたよ」 「僕もです」 「瑞樹……来年も再来年もずっとこうやって君と過ごしたい」 「僕もです。ずっとここにいたいです。ここが好き過ぎます。宗吾さんの近くは、いつもとてもあたたかいです」 「あぁ、君がいて、芽生がいて、俺がいる」 「ただそれだけのことが、何だかとても愛おしいのです」 「それはお互いが『幸せを感じる存在』になっているからだろうな」  窓辺のテーブルには、大沼で芽生くんからもらったすずらんが飾ってあった。    可憐なベルのような花が、僕の心を優しく揺らす…… 「あたらめて誕生日おめでとう。俺の大切な家族であって永遠の恋人だ。瑞樹は……」 「ありがとうございます。僕をそこまで受け入れてくれて……最高の1日でした」  これが僕の27歳の誕生日。  こんなに穏やかで、心温まる誕生日はいつぶりだろう。  朝から晩まで、ずっと微笑んでいた気がする。  こんな日常が欲しかった。  今は……当たり前の日常が、どこまでも愛おしい。  いつ何があるか、明日のことなんて分からない。  もしかしたらこの当たり前の日常が突然消えてしまうことだって、あるかもしれない。  だからこそ、毎日を大切に過ごしたい。  僕の大切な人と過ごせる時間を大切に生きていきたい。  シンプルな心を大切に、この生活を充実させて行こう。 『花束を抱いて』了 あとがき(不要な方はスルーで) **** 志生帆海です。いつも読んで下さってありがとうございます。皆さまもお元気ですが。こんな世の中だからこそ、当たり前の日常が愛おしく、シンプルな喜びが心に響きますね。 連日沢山のスターやスタンプ・ぺコメ本当に励みになっております。 瑞樹の誕生日スペシャルの『花束を抱いて』は今日までです。 甘くほっこりする話になっていれば。 明日から物語を、少し動かし……展開させていきますね! どうぞよろしくお願いします♡
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