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選び選ばれて 1-1
風薫る五月の早朝。
「瑞樹、今日は随分と早いんだな」
「実はかなり大きなウェディングが入っていて」
「遅くなるのか」
「……はい」
「そうか……よし、頑張ってこい。」
宗吾さんが玄関先で軽い口づけをしてくれた。
名残惜しい気持ちと元気をもらう瞬間だ。
「これで頑張れそうです。行ってきます」
宗吾さんに見送られ、ひとりで電車に乗る。
この4日間……夢のような日々だった。2泊3日の函館旅行と昨日の僕の誕生日。宗吾さんと芽生くんとずっと一緒に過ごせた。だからなのか、何だかひとりが寂しく感じてしまうな。
ビルのガラス窓に反射した朝日が、いきなり目に飛び込んで眩しく感じた。
本当に都会は迷路のようで、明るい方向が東とは限らない。
大沼とは全然違う場所で生活していることを僕が実感するのは、いつもこういう瞬間だ。
太陽の光はビルに反射したり遮られたり、真っすぐ届かないことの方が多い。
なんだか人生と似ているな。
思い描いた通りに進める事なんて滅多にないが、だからといって進めないわけでもない。
ここにも『しあわせ』は確かに存在するのだから。
僕と宗吾さんと芽生くんの間に確かに芽生えたように……
守っていきたい。
「わっもうこんな時間? 急がないと……集合時間ギリギリだ!」
少し足早にアスファルトを蹴って、前に進んだ。
****
「ふぅ……間に合った!」
今日は初夏のような陽気になるそうだ。
連休中に結婚式を挙げるカップルも多いので、実は仕事の繁忙期だったりする。僕の勤める『加々美花壇』は、宴会場内外の装飾やコンサルティング業務をメインで請け負っているので、連休中は交替で対応にあたっていた。
本当に昨日まで4日も休みをもらえたのは奇跡だ。きっとリーダーが僕の体調を案じて休みを取らせてくれたのだろう。12月から3月迄……休職していた身なので、まだ心配をかけているのかもしれない。
僕はあのおぞましい事件を完璧に忘れたわけではない。でもそれを大きく上回るプラスの出来事があったから、僕の意志で乗り越えていこうとしているのだ。
もう僕は以前のように我慢して、隠して、無理して、笑っているわけではない。ありのままでいられるようになってきた。
「おはよ! 葉山も今日出社だったな。連休なのにお疲れさん」
「そういう菅野こそ」
会社のロビーで同期の菅野と会ったので、部署まで談話した。
「休み、どこか行った?」
「うん、函館に」
「あっもしかして帰省か」
「そうだよ。これ定番だけどお土産だ」
「よかったな……ありがとうな。おっ! 修道院のクッキー大好きだ」
よかった、喜んでもらえて!
菅野は分かりあえる大切な同期であり友人だ。
「菅野はどこかに行ったのか」
「あー俺は実家だけ」
「実家って確か江ノ島の」
「すごい人混みで参ったよ。もう大渋滞で」
「ニュースで観たよ。お疲れ様」
「実家のせんべいでも土産に持ってくればよかったな。そうだ! よかったら今度皆で遊びに来いよ。鎌倉とかのついででいいからさ。俺が案内してやる」
「うん!そうだね、鎌倉方面には近々行きたいと思っていた所だよ」
江ノ島と言えば鎌倉も近い。そして鎌倉といえば北鎌倉だ。
洋くんたちの顔が脳裏に浮かぶ。
あの時、軽井沢にまで駆けつけてくれた洋くん。
彼の存在はなければ……僕の躰に燻っていた辛い思いを、彼が無理矢理叩きだしてくれなかったら、今の僕はない。きっとここまで復活が出来ていなかったろう。
次は北鎌倉に行きたいな。帰ったら宗吾さんに相談してみよう。
こんな風に今の僕にはやりたいことが見え、それを口に出せる。
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