選び選ばれて 8-1

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選び選ばれて 8-1

 玄関を開けると、作りかけの夕食のいい匂いがし、部屋の電気も付けっ放しだった。  宗吾さんと芽生くんは、どうやら思い立ってふらりと迎えに来てくれたようで、まだ温かいままの空間が、家族の確かな存在を示し『お帰り』と言ってくれているようだ。  あぁ僕の家に帰って来たのだと思うと、また涙が滲み出そうになる。  しあわせ過ぎて、涙腺が弱くなった。  スーツのジャケットを自分の部屋で脱いでいると、宗吾さんがノックして入って来た。  白いシャツを腕まくりして、その上に黒いエプロンをしている姿が、様になってカッコいい。 「改めて、お帰り」 「改めて……ただいま」  宗吾さんが身体を少し屈めて、僕に軽いキスをしたので照れ臭くなった。  そのまま抱き寄せられそうになったので、逃げてしまった。だって扉の一枚向こう側には芽生くんがいるわけだから、触れるのはダメだ。  一度触れると……僕が宗吾さんにもっと触れてもらいたくなって……止まらなくなる! 「だっ、駄目ですって。今日は汚れていてっ」 「そんなことない!」  宗吾さんが苦悶の表情で語る。 「瑞樹……」 「はい?」 「仕事帰りの君の匂いって、結構ヤバイな」 「えっすみません」  ヤバイって……やっぱり汗臭いのかも。今日は結構動き回ったから。  慌てて身を翻そうとすると、逆にもっと深く抱きしめられてしまい焦った。 「……嫉妬するよ」 「えっ何にですか」 「ごめん。こんなにいい香りを漂わせていると困るし煽られる」  一瞬だけ一馬を思い出したが、すぐに記憶の底に沈めた。  もしかして宗吾さんにもそんな気持ちを抱かせてしまったのではと不安になる。 「これは花の香りだな」 「はい……」  宗吾さんにそのまま顎を掬われ、深い深い口づけを受ける。 「んんっ……っつ……」 「瑞樹、頑張ったな。花の香りは……今日1日頑張ってきた証だな」 「あっ……はい。今日はいろいろあったのですが、頑張りました」 「よし、偉かったぞ。あとで色々話してくれ、今日あったこと、頑張ったことを」  宗吾さんは唇を名残り惜しそうに離し、彼自身の心と躰の高まりを落ち着かせるように、僕の髪を何度も何度も撫でてくれた。  僕はこうされると、なんだか子供みたいに甘えたくなる。  あなたにだけは……そんな素直な僕でありたい。  それから二人で「ふぅ……はぁ……」と、深呼吸した。  いい歳した二人が、高校生のようにドギマギ、コソコソしているのが、なんだかおかしくて、コツンと額を合わせ、やっぱり笑ってしまった。  僕たち、いい関係になっている。  一馬とは築けなかった世界を、僕は進んでいると実感した。 「パパーごはんのじゅんび、いいのー?」  扉の向こうから芽生くんの声がしたので、宗吾さんは僕を抱く手をパッと離した。 「さぁ瑞樹は、まず風呂に入ってこい。その間に夕食の支度をしておくから」  そのまま宗吾さんに背中を押され、風呂場に誘導された。 「汗もかいたので、お言葉に甘えてお先に」 「あぁそれがいい。もう次はパジャマでいいからな」 「あっはい」  照れくさいが、パジャマになろう。  心も身体もリラックスしたいから。
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