選び選ばれて 8-2

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選び選ばれて 8-2

****  風呂からあがって髪を乾かすと、食卓には美味しそうな夕食がずらりと並んでいた。  こんがり焼き目のついた葱とマグロのぶつ切りがプカプカと浮かぶ、和風の鍋だ。食欲をそそる出汁の良い香りが部屋中に立ち込めていた。 「うわぁ美味しそうですね! これって……何と言う名前でしたっけ?」 「『ねぎま鍋』だよ」 「あぁそうでしたね。一度だけ割烹料理屋で食べたような」 「意外と作るのは簡単だよ。さぁ食べよう。瑞樹は相当腹が減っているだろう」 「はい」  言われて初めて、空腹でペコペコだったことに気づいた。今日は昼食を食べる暇がなかったから。  鍋は……マグロの旨味を贅沢に味わえ、本当に美味しかった。 「すごく美味しいです! 宗吾さんって、やっぱりすごいです」 「そうか、今日は一日家にいたらから張り切ってみたぞ。マグロには筋があるが、この主成分はコラーゲンやたんぱく質なんだよ」 「そうなんですね。料理が上手なだけでなく知識も豊富ですね」 「熱を加えると筋が溶けて甘みが増して、それが旨味になるわけさ」 「あぁだからこんなに美味しい旨味が出ているのですね」 「そういうこと。瑞樹にはもっともっと栄養つけてもらわないとな。〆は蕎麦を用意しているから、腹を空けておけよ」 「分かりました」  宗吾さんの話すことは、いつも興味深い。世界中を仕事で旅したと聞いているし、興味と知識の広い人なんだな。一緒に住むにつれて、今まで知らなかった彼を知るのが嬉しい。  本当に精がつく料理だったので、空腹が満たされると同時に、疲れた身体もどんどん回復してきた。 「すごく元気になりました! ご馳走様でした」 「おにーちゃん、まだおわりじゃないよ」 「あっそうか『卵ボーロ』を焼いたんだったね」 「うん! 今日のデザートだよ」 「じゃあ、いただくよ」  芽生くんがお皿に盛って出してくれたのは紛れもない、あの『卵ボーロ』だった。 f7477685-ca38-4164-9bed-06ad6100c501 「うわぁすごい! 丸くて可愛いね! 本当に手作り出来るんだね」 「でしょ」 「綺麗な形に揃っているよ」 「うん、そこはパパがすごくこだわっていたもん」 「へぇ……宗吾さん、すごいです」 「そうか、食べてみてくれ」 「はい!」  指でつまんで口に放り込む。  その一部始終をじっと見られて、何故だか恥ずかしくなる。 「おにいちゃん、おいしい?」 「うん、とても優しい味だね」 「よかったぁ。こんどはボクが食べさせてあげるね。アーン」  芽生くんが小さな指で摘まんで、食べさせてくれる。 「また、芽生くんのおにいちゃんごっこかな」 「ふふっ、うん、そうだよー」  照れくさいが……素直に口を開ける。  そういえば以前バナナを食べた時も、こんなシーンなかったっけ?  宗吾さんと目が合うと、ちょっと妖しい感じだった。やっぱり不安だ。また変なこと考えているのかな。ちょと変な宗吾さんがそろそろやってきそうだ。  でも……いくらなんでも、卵ボーロとは結び付かないだろう。 「瑞樹、カタチはどうだ?」  お皿の上に並ぶボーロを見ると、本当に丁寧に綺麗に丸められていた。 「えぇ丸くて粒ぞろいで……とても綺麗です。これ全部宗吾さんが丸めたのですか」 「あぁ、そうだよ」 「すごいです! 今度ぜひコツを教えてください」 「今度と言わず……よかったら今晩教えてやるよ」  宗吾さんはどこまでも上機嫌だった。 「えっと、今からまたお菓子作りをするのですか」 「いや違う。シミレーションをするのさ」 「……?」  まったく謎は深まるばかりだが、結局僕もつられて楽しい気分になってしまった。  僕は本当に宗吾さんに弱いから…… 「じゃあ……ぜひ教えて下さいね」 「任せておけ!」  
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