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選び選ばれて 11-1(キスの日スペシャル)
「葉山ちょっといいか」
「はい!」
「明日は休みだろう。よかったらこの花を持って帰ってもらえないか」
「えっ、こんなに?よろしいのですか」
「あぁちょっと余ってしまってね」
「ありがとうございます!」
という訳で、仕事の帰り際に僕は抱えきれない程のアイリスを、リーダーから譲り受けた。
玄関先で、花に埋もれる芽生くんの可愛い顔が見えない程だった。
「おにいちゃん~おかえりなさい。あれれお顔みえないよ」
「うん、ただいま」
「すごいお花の山だね」
「もらったんだよ」
「わぁ……なんていう名前なの?」
「アイリスだよ。アヤメとも……見たことある?」
「うん! 公園で」
「これ、芽生くんのお誕生日プレゼントのひとつにしてあげるね」
「わーい!」
菫色の花びらに黄色い模様がアクセントの美しい花だ。しかもアイリスは芽生くんの誕生日、5月5日の誕生日花なのでちょうどいい。
早速、本棚の『花図鑑』でアイリスの花言葉について調べてみた。
『message(伝言)、hope(希望)、faith(信頼)、friendship(友情)、wisdom(賢さ)』
わぁこれって芽生くんにぴったりだ。芽生くんは本当にまだ小さいのに賢くて、とても明るく前向きだ。この先もずっと……僕と芽生くん……お互いに友情と信頼を持ち続けていきたいね。
この花を使って……明日、アレンジメントを作ろう。
「あっ、そうか」
花言葉と一緒に5月5日『こどもの日』についての説明が書かれていた。
『子供の人格を重んじて幸福を願い、母に感謝する日』
母に感謝する日か……折しも、もうすぐ母の日だ。僕の中では一つの考えがある。そろそろ宗吾さんに話してみようかな。
芽生くんにとってのお母さんはこの世に生きている。だからやっぱりきちんと会う日を設けた方がいいと思うんだ。もしかして宗吾さんは僕に気を遣っているのかもしれないが、もうずっと会っていない。会わせていない。そこが気になって……
僕が函館で母に会ったり大沼で墓参りする様子を見て、芽生くんも少しお母さんが恋しくなっていると感じている。僕と宗吾さんとの関係は抜きに、芽生くんをこの世に産んだお母さんのことは、やっぱり大切にして欲しい。まだ幼い芽生くんには、やっぱり母の愛情も必要だろう。芽生くんの優しい性格は、確かに愛情をもって育ててもらった証なのだから。
スーツから部屋着に着替えてリビングに行くと、芽生くんはテレビを観ていて、宗吾さんは台所にいた。
「あの、宗吾さん……少しいいですか」
「どうした? あー悪い、今日も鍋だ。許せ。その代わり明日は芽生の誕生日祝いでハンバーグだ」
「はい! あっもしかして石狩鍋ですか」
「そっ、瑞樹も好きだろう」
「もちろんです」
また食べ物の話で終わりそうだったので、慌てて軌道修正した。
「あの……実は……『母の日』のことで相談があって」
「うん? 芽生くんからお母さんにお花を贈っても?」
「えっ玲子に?」
「はい、その手伝いを僕がしてもいいですか」
宗吾さんが、僕の顔をジッと見つめた。
「瑞樹は、それでいいのか」
「はい……僕たちに芽生くんを預けてくれている方ですし、芽生くんをこの世に産んでくれた方なので」
これは本音だ。特に僕は産みの母を亡くしているので、大切にして欲しいと願うのかも。
「そうか、うーん、俺はもう瑞樹と暮していくから、アイツの話は正直したくないが、父親としてはもっと気を配るべきなんだよな。悪いな。瑞樹に気を遣わせて」
宗吾さんが決まり悪そうに自分の髪を撫でた。
「……大丈夫ですよ。僕は……そんなことで、いじけませんから」
「……本当に大丈夫か。無理していないか」
じっと覗き込まれたので、慌てて笑顔を作った。
正直な所は分からない。
彼女と宗吾さんが仲良く並んでいる姿を見て、どう思うか……
大丈夫だという自信はあるようで、ないのかも。
「はい! じゃあ母の日のアレンジメントとして、芽生くんに作れそうなキットを用意してもいいですか」
「あぁ任せるよ」
「あと年に数回はちゃんと会った方が……余計なお世話かもしれませんが」
「ん……それはそうなんだが、どうにも。芽生だけ預けようと思うが、あっちはあっちで新生活をスタートしているしな」
「……微妙ですね」
「まぁ、おいおい考えよう。とりあえず『母の日』からな」
「はい」
こればかりは何が正解で、何が不正解かは分からない。
やってみないと経験してみないと分からないことも多いから。
「さぁ飯だ」
「わーい、お腹空いたよ。そうだお兄ちゃん、ほら、あれ見て」
「あ……兜だ」
「うん、僕のカブトだよーあれ、かぶれるかな」
「くすっ」
その日は芽生くんは明日には一つお兄さんになるから、ひとりで眠ると宣言して、自分の部屋で眠りについた。
「おやすみぃ、おにいちゃん」
「うん、いい夢をみてね」
「卵ボーロの?」
「違うっ!くすっ」
「またつくりたいな。こんどはおにいちゃんもいっしょね」
「うん、いいよ。コツはバッチリ掴めたからね」
芽生くんが眠るまで……僕は見届けた。
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