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花の行先 2-1
僕の足取りは軽かった。
早く芽生くんに美味しいケーキを買って、家に戻ろう!
「あ、ここだ」
~ 洋菓子店 向日葵 ~
白い壁にイエローとホワイトのボーダーの看板の可愛い店だった。狭い店内には早い時間からお客さんがひっきりなしに出入りしていた。
こんな場所に美味しそうなケーキショップがあるなんて、気が付かなかったな。
人波に押されながら店内に入り、ショーウインドーを覗くと、季節のフルーツをたっぷり使った美味しそうなデコレーションケーキが並んでいて、目移りしてしまった。
どれも美味しそうだ。
芽生くんはどんなケーキが好きだろう?
事前に好みを聞いてくればよかったな。どんどん売れてしまうので、迷っている暇はないのに、なかなか決められない。
実は……僕はホールケーキを自分で購入したことがない。函館の家はいつも忙しくて、優雅にホールケーキでお祝いなんてしたことなかったから。
そもそも3人でホールケーキなんて買っても食べきれない? いっそカット―ケーキの方がいいのかな。それとも子供の日だから、こいのぼりのカタチのケーキがいいのかな。
延々と迷っていると、後ろから声を掛けられた。
「あの……迷っているのなら、先にいいですか」
「あっすみません。どうぞ」
お互いの視線がぶつかって驚いた。
その女性は……宗吾さんの奥さんだった人……玲子さんだった。
何となく気まずくて顔を慌てて背けたが、すぐに気が付かれてしまった。
「あら、やだ、あなた……瑞樹クンじゃない」
「……はい、ご無沙汰しています」
「久しぶりね。ちょっと待っていて。買い物済ましちゃうから」
「あ……はい」
このタイミングで……予期せぬ再会に、頭の中が真っ白になってしまった。
僕はあの秋以降……つまり玲子さんのネイルショップの花を活けてからは一度も会っていなかった。
だから困惑してしまう。
そもそも彼女は、宗吾さんと僕が4月から同棲を始めた事を知っているのか。そこをきちんと確かめていないので、迂闊な事は言えない。
店の壁際で待つ僕の表情は、固まっていたに違いない。
玲子さんはショーケースから丸いショートケーキを注文し、プレートに名前を書いてもらっていた。
「プレートにお名前はいかがいたしましょうか」
「メイと書いて。えっと漢字でお願いします。芽が出るの『メ』と生きるの『イ』よ」
「畏まりました。キャンドルは何本ですか」
「6本よ」
聞こえてくるやり取り。
もう分かった……あのケーキは芽生くんへのものだ。
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