花の行先 3-2

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花の行先 3-2

****  どうしよう。仕事のトラブルと言った手前……職場には行かないと。  今日は同期の菅野が出社しているから何か手伝おうか。  幸いな事に財布の中に、定期は入っている。  さっきまでの楽しい気持ちは消沈し、電車の揺れに合わせて心も暗く揺らいでいた。  妻子ある人だったんだ……以前の宗吾さんは。  正式に離婚したとはいえ、その事実は変わらない。  奥さんの存在は……この先もずっと続く関係だ。  瑞樹、しっかりしろ。  昨日自分から言いだした事だ。言葉には責任を持て!  そう……自分を励ますことしか出来なかった。 「あれぇ葉山、どうした? 今日は休みだろ」 「ん……暇だから、手伝おうかなって思って」 「えーいいのかよ? その……」 「何?」 「ゴールデン・ウィークのせっかくの休みに彼氏を放っておいて」  宗吾さんとの事は、もうすっかりバレバレなのか。  なら否定はしない。でも、この秘密は菅野だけだ…… 「放っておいてなんかないよ。彼は今日は他に用事があって……」 「ははん、さては前の奥さんが家に来たとか」 「なっ……なんで、知って?」 「葉山は分かりやすいよ。明らかに顔に出てる」 「うっ……」 「俺もさぁ、小さい頃、一度母親が家を出て行ったことがあってさ」 「そうだったのか」 「土産物屋が嫌で逃げ出したんだよ」  それは知らなかった。 「そうか……寂しかったな」 「……数年後戻ってきてくれたけど、その間は寂しかったよ」 「そうか、やっぱり会いたくなるものだよな。子供は……」 「まぁ小さい時はな。男の子は特に母親にべったりだからな。葉山もそうじゃなかった?」 「うん……それは分かる」  確かに……僕も母が大好きで、べったりだった。  弟が出来て、素直に甘えられなくなったのも、本当は少し寂しかったのも覚えている。 「まぁ人生いい事ばかりじゃないよな。でもちょっとじっとしていれば、雨は止むし……雲から晴れ間が出て来るように、事態も好転するものさ」 「そうだな。今日は気を紛らわしたいんだ。手伝うよ」 「リョーカイ。扱き使うぜ」 「いいよ!」     少しの間だけ、忘れよう。   宗吾さんのことも、芽生くんのことも。   でもちゃんと夜になったら戻る。   僕の家に──   僕の宗吾さんと芽生くんの元に。     僕はもう……遠慮ばかりしない。   譲るときは譲るが、最後までは駄目だ。   自分の人生にもう少し欲張りになりたい。  
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