花の行先 4-2

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花の行先 4-2

「実は今日は一緒に暮らしている彼の息子さんの誕生日なんだ。そこに離婚された奥さんが急に訪ねてきて……僕はその前にケーキ屋で偶然先に会って驚いてしまったので、家に戻らず会社に来てしまったわけさ」 「あぁそっか、なるほど」 「うん……僕の方から気を回すべきだったなと。今日はお母さんと過ごす時間を優先させて下さいって、先に彼に言うべきだったと後悔している」  口に出して、やっと僕が何にそんなにショックを受けているのか、認める事が出来た。 「馬鹿だなぁ。それはまたお前の悪い癖だ。なぁもう、そんなに遠慮するなよ。やっと……なんだろう? やっと一緒に暮らせるようになったんだろう。色々乗り越えてさ」 「うっ……」  もうそれ以上は言うな。駄目だ……本当に涙腺が崩壊してしまう。 「葉山、なぁ……泣けよ。ちゃんと泣いてから帰れよ」 「うっ……ん」  ほろりと涙が一筋頬を伝い降りた。我慢しようと思ったのに、菅野があんまりにも親身になってくれるから無理だった。 「ふぅ……お前はさ、いつだって我慢しちゃうだろう。昔……四宮先生との事だって……真相は全部溜め込んでしまったし、今日だってずっと言いたい事言えないで」 「ごっごめん。泣いたりして」 「いや……そんだけ好きなんだな。息子さんにとっては母親で大切な存在で大切な時間なのは分かるが……彼にとってはもう別れた奥さんでしかない。あんだけ瑞樹にべたぼれで溺愛しているんだから大丈夫だ。なっ今だけ、今日だけだ。自信持てよ」  今日だけ、今だけ……  分かっていても寂しいもんだな。  僕はいつのまにか、こんなにも欲深くなったのか。 「あー、もう、葉山はやっぱり謙虚だな。もっと欲張ってもいいのに、じれったくもなるよ」 「謙虚なんかじゃないよ。欲深い人間だよ。本当は……」 「少しの欲は必要だよ。どんな葉山でも大事な友達だ。元気だせよ」  今回の事は……答えが見つからない。  だから時間が過ぎるのを待つのみだ。  結局1時間ちょっと、居酒屋にいて、菅野に促されて帰宅の途についた。  帰れるかな。ちゃんと…… 「家まで送りたいけど、やめておくよ」 「大丈夫だよ。菅野に話を聞いてもらえて、もうスッキリした」    もう泣いていない。もう大丈夫だ。 「わかった。葉山、今日は偉かったな。一歩引いて母と子の時間を作ってあげた。もうきっと相手は帰っているぜ。あとはゆっくり彼に甘えろよ。きっと今頃さ、血眼で探してるぜ。今、俺が一緒に現れたら絶対に殴られそうだ」  冗談めいて言われたので、僕もやっと笑えた。 「そんなっ」 「じゃあ鞄の中見てみろよ。お前のスマホ、きっと大騒ぎだぞ」 「あっ……」  店内が煩くて気づかなかったが、横に置いた鞄の中のスマホがひっきりなしに震えていた。  ……宗吾さんからだ。 「もう、帰るよ」 「それがいい」 「今日はもう我慢しなくていいぞ。お疲れ」 「菅野……本当にありがとう」  もう、帰ろう。  もう帰ってもいいですか。  あなたの元に……  
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