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花の行方 5-1
「いただきます! 凄い……これ本当にあなたが全部作ったの?」
「そうだ。結構上手くなっただろう」
宗吾さんが用意してくれたハンバーグには驚いた。
「……うん、美味しいわね」
「ママ~よかったね。パパはお料理じょうずでしょう」
「みたいね」
いつの間にこんなに上手くなったのかしら。一緒に暮らしていた頃は何もしない人だったのに、何だか信じられない心地よ。
同時に真剣に芽生の子育てをしてくれているのが分かって、ホッとしたわ。
「次はケーキにしましょう」
「うん! わぁ大きなイチゴ! あっパパ……あのね、すこし残しておいてね」
「あぁもちろん。そうしよう」
それから芽生に誕生日プレゼントを渡した。
「ママ、ありがとう!」
芽生はペコっと可愛くお辞儀してくれた。
まぁいつの間にこんなにしっかり挨拶できるようになったの? 6歳になった芽生は、年長さんらしく少しお兄さんっぽい顔つきになっていた。何だか宗吾さんに似て来たわね。
「パパ、これで少し遊んでみたいな」
「おう、じゃあ設定してやるよ」
「やった!」
「私がここは片付けておくわ」
私がお皿を洗っていると、芽生が少し不安そうな顔で宗吾さんに何か話しかけた。彼も困った顔でポンポンと芽生の頭を叩いて「大丈夫だよ、ごめんな」と励ましていた。
ん……何かしら?
「玲子、片付けしてくれてありがとう」
「芽生は静かになったわね。ゲームに夢中なのね」
「あぁ、あのゲームをずっと欲しがっていたからな」
「あなたがゲーム機本体、私がソフトを選ぶなんてタイムリーね。でも、もうとっくに買い与えていると思ったから意外だった」
「そうか。今はもう簡単におもちゃは買わないよ。最近は芽生と公園に行ったり、一緒に菓子作りしている方が多いし、楽しいからな」
「ふぅん……」
以前の宗吾さんだったら、子育てを面倒臭がって、さっさとゲーム機を買い与えそうなのに、人って……変わるのね。
「宗吾さん、少し話してもいい?」
「あぁ玲子とまともに話すのは、久しぶりだな」
「そうね」
夫と息子を置いて2年前に出て行ったこの家は、すっかり変わっていた。
数時間過ごさせてもらう間に気づいてしまった。ちらちらと見える場所に、私以外の人の存在を感じるわ。
もう私の色は、ここにはない。
自分が決めて納得している事なのに、少しだけ寂しいものね。
たとえば洗面所にもう一つのコップと歯ブラシ。いつも開けっ放しにしていた空き部屋のドアがきちんと閉まっている。ベランダに干されている見知らぬ衣類。芽生の部屋がきちんと整理整頓されている。おもちゃの収納は完璧だわ。寝室は……果たしてどうなっているのかしら?
ねぇ、これって……あなたの恋人の瑞樹クンが、ここにたまに泊まるという理解でいい? 私から聞くのもなんだか癪なのよね。
「あの、寝室、見てもいい?」
宗吾さんの顔色が、サッと変わった。
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