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花の行方 5-2
「玲子……」
宗吾さんが漸く重い口を開いた。
「何?」
「その、あのな……」
もうっこの人ってばこんな無口だった?
前はもっと自分勝手でズケズケとモノを言うタイプだったのに……こんなに私に気を遣う人だった?
「どうしたの?」
「さっきからずっと言おうと思っていたのだが、俺はこの家で、彼と同棲を始めている」
「まぁ……そうだったのね。道理で……えっと、いつから?」
「この4月からだ」
そこでようやく合点がいったわ。同時にケーキ屋で会った時の、彼の寂し気な表情が脳裏を過った。彼からは言いだせないわよね。可哀想なことしちゃったのかも。
「もうっ、それを早く言ってよ。私は瑞樹クンの事、あの花の騒動以降ちゃんと認めているのよ。でも今日はどうして」
「午前中、玲子が来る前まではちゃんといたよ。一緒に誕生日会をするつもりだった。だが急に仕事が入ったと連絡があって」
「あっもしかして、あなたがケーキを買いに行かせた?」
「あぁそうだが」
「もう鈍感ね! あなたって人は……私は彼とケーキ屋で会ったのよ。気になったけれども、仕事があるからと言って去ってしまったわ」
宗吾さんはガクッと肩を落とし、参ったといった様子で頭を掻いていた。
「そうだったのか。やっぱり……あー俺、またやっちまった。すぐに気づいてやれなかった」
「馬鹿ね。彼にとても寂しい思いをさせたのよ。まぁその、急に押しかけた私のせいではあるけど。とにかく芽生を見ているから早く迎えに行ってあげなさいよ。そして彼に伝えて……今日は息子との時間をありがとうって私が言ってたと」
「いいのか」
「それからちょっといい?」
芽生には聞こえないように細心の注意を払って、宗吾さんに事実を告白した。
「私が暮れにあの美容師の彼と再婚したのは、知っているわよね」
「あぁ……母から聞いていたよ」
「じゃあ、今、妊娠していることは?」
「えっ!」
「ふっ相変わらず鈍感ね。まぁまだ五カ月でほとんど目立たないけれども」
「そっ……そうだったのか」
宗吾さんは本当に知らなかったようで、変な汗をかいていた。
「芽生に言うのはまだ早いかな。また今度にしましょう。そういう訳で来年は私がどうなっているか分からないから、今日はゆっくり息子に会いたかったの」
私のお腹の中には赤ちゃんが宿っている。もう芽生だけの母親ではなくなってしまう。だから今年の誕生日はどうしても芽生と水入らずで過ごしたくなって、突然押しかけてしまったの。
「理由があったにせよ、急に来てごめんなさい。私……自分勝手だったわね。瑞樹クンとどうか上手くやってね。宗吾さんが幸せだと、私も安心できるのよ。もうっいつまでぼんやりしているの? 彼を早く迎えに行かないと」
「玲子……ありがとう。お前には感謝している。瑞樹のことを優しく受け入れてくれて」
「今日は芽生の面倒を見てあげるから、彼と泊まってきてもいいわよ。ふふっ私は芽生と過ごせればいいし」
「いや、それは。瑞樹とここに帰ってくるよ。でも、お前……いい女になったな」
今さら何を……と思ったれけれども、悪い気はしなかった。
「ありがとう。あなたとはこの先どんどん道が逸れていくけれども、芽生の母親ではあり続けたいの。それだけは許してね」
「当たり前だ。芽生をこの世に産んでくれた人だ。よかったら一度瑞樹ともちゃんと会ってくれ。あいつはすぐに遠慮してしまうから」
「彼の……そういう所好きよ。謙虚な気持ち……優しい気持ち。私が持っていなかったものを彼は持っている」
宗吾さんが出かける支度をしていると、芽生がトコトコやってきた。
「ママ、パパ、どこかにいくの?」
「今から、パパが瑞樹クンを迎えに行くのよ」
「えっママ……いいの」
「ん? 何言っているの? 彼は芽生の大事なお兄さんなんでしょう」
「うんうん……うん! そうだよ」
芽生の笑顔が、突然グシャッと崩れて、泣き顔に変わっていく。
「う、うっ……ひっく……」
芽生もどうしたらいいのか、迷っていたのね。
今更それに気づくなんて、私は駄目な母ね。
こんなに小さな子供を悩ますなんて……
「よかったぁ、ママとおにいちゃんなかよしで」
「そうよ。ケンカなんてしてないから安心してね。もっと仲良くなりたいと思っているのよ」
あっ……そうか、よく考えたら帰るのは私の方ね。
ここはもう、宗吾さんと彼と芽生の新しい家なのだから。
「ママはお兄ちゃんのお顔みたら帰るね。今日は芽生に会えてうれしかった」
「ママぁ……ボクもだよ、ママぁ……来てくれてありがとう」
芽生がギュッと私に抱きついてくれたのが、本当にうれしかった。
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