花の行先 8-1

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花の行先 8-1

「瑞樹、どうした ? 立ち止まって」    マンションの玄関前に立つと、足が竦んでしまった。  部屋には玲子さんと芽生くんがいて、母と子の時間を過ごしていると思うと、やはりお邪魔ではないかと思ってしまう。  弱いのはいつだって、僕の心。 「はっ、はい。今、開けますね」  鍵を取り出すが、手が少し震えてしまう。それを見かねた宗吾さんが手伝ってくれた。 「ここは君の家だ。堂々として」 「ですが」 「今の俺のパートナーは君だよ。瑞樹……もう、君だけだ」  宗吾さんが耳元で甘く囁いて励ましてくれ、僕の手に温かい手を重ねてくれたので、その勢いでドアを開いた。 「……ただいま」  『ただいま』と言えた。ちゃんと声を出せた。  するとすぐに、廊下をパタパタと走る可愛い足音が聞えた。 「パパ、おにいちゃん~おかえりなさい!」  芽衣くんがふわっと足元に抱きついてくれたので、一気に強張っていた肩の力が抜けた。よかった……芽生くんは何も変わっていない。変わらず僕に懐いてくれたことに安堵した。 「ただいま。今日はごめんね」 「ううん、ちゃんと帰ってきてくれると、おもったもん!」 子供の素直な言葉は、魔法の言葉。 「おにーちゃん」  芽生くんが僕を見上げて両手を広げてくれたので、そのまま抱き上げてやった。 「わっ少し重くなったかな」 「えーそうかな。いっぱい食べたからかな」 「おいしかった?」 「うん、でもおにいちゃんもいっしょだったら、もっとよかった」 「ごめんね」 「ケーキはのこしてあるよ」 「ありがとう!」  宗吾さんに似た緑がかった黒髪に、大きくクリクリと溌溂とした瞳。  僕の大好きな天真爛漫な芽生くんを抱っこすると、元気をもらえた。 「ほらほら、いつまで玄関にいるんだ。中に入るぞ」 「はーい、パパ」 「……芽生、玲子は?」 「おへやで待ってるよ」 「そうか」 「おにいちゃん、このままつれて行って~」 「瑞樹、悪いな。芽生、最近重くなったろう?」 「大丈夫ですよ。僕は仕事で結構重い花器を持ったりもしますから」 「心配だな。瑞樹がムキムキになったら困るなぁ。ほっそりが好みだよ」 「ちょっ……」  宗吾さんも通常運転……いつも通りだ。  今日1日、僕ばかり考え過ぎて遠慮して、なんだか空回りしていたのかもしれない。  リビングに入ると、玲子さんが遠慮がちに近寄ってきた。 「……瑞樹クン、さっきはどうも」 「あっすみません。僕は」 「ううん、宗吾さんが悪い。同棲を始めているの知っていたら、ちゃんと連絡してから来たわ。って……全部言い訳ね。でもありがとう。今日は母親として有意義な時間過ごさせてもらったわ」  玲子さんとは、最初の出会い……二度目の出会いと、突然頬を叩かれたり、コーヒーを被ったりと、散々で、かなり衝撃的だったが、秋のアレンジメント騒動以来、僕に一目置いてくれるようになっていた。  そのスタンスは今も変わっていないようで、ホッとした。    そして『母と子の時間』と言ってもらえて、秘かにホッとしている自分に気づいてしまった。  芽生くんの母親としての玲子さんは、違和感なく受け入れられるのに、宗吾さんの元妻としての玲子さんに嫉妬していたんだなぁと、己の矮小な考えに辟易してしまう。 「瑞樹くん、心配したでしょう。宗吾さんとはね、もう本当に何ともないのよ。だってこの人私が知っている宗吾さんじゃないもの。誰?って思う程、変わっちゃって」 「おいおい、玲子ずいぶんだな」 「これは褒めてるの。瑞樹クンに変えてもらったんだから、宗吾さんがすっかり瑞樹クン仕様になってるのよ。だからもっと自信もって。って散々かき回した私が言う事じゃないけど」  僕仕様の宗吾さんか…… 「玲子もいい事言うようになったなぁ……」 「そう言う所も別人のよう。もう勝手に惚気てなさい!」   
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