紫陽花の咲く道 1-2

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紫陽花の咲く道 1-2

****  レストラン専用の駐車場に車を停めて芽生くんと手を繋いで歩くと、すぐに白い看板が見えて来た。  ~創作フレンチレストラン&カフェ 月湖tukiko~        あの紳士から渡された名刺と同じ店名だ。ここなのか……いよいよ期待に胸が高まる。 「いらっしゃいませ」  出迎えてくれたのは黒いエプロンに白いシャツの若いウェイターだった。優し気な顔立ちで爽やかで品の良い青年だ。店内にあの日知り合ったシルバーグレイの紳士はいるだろうか。会えたらいいな…… 「予約していた滝沢です」 「お待ちしておりました。さぁどうぞ」 「わぁ……すごいですね」 「お兄ちゃん、バラがいっぱいだね」 「うん!」  入口から中庭に続くらしいアーチには、小さな白薔薇が満開だ。 「瑞樹、この薔薇が君が話していたのか」 「いえ、これではなくて……えっとこれはランドスケープですね」 「ランドスケープ? 」 「別名はプリンセススノーといって、愛らしく優しい白いミニつる薔薇ですよ。まるでベールのように綺麗ですよね。このようなアーチにぴったりの品種です」 「ふぅん、流石だな、瑞樹」  アーチを潜り抜け中庭に入ると、驚く程見事な庭園が広がっていた。都心にはあり得ない広大な敷地で、300坪はありそうだ。中庭に面して建つ古びた煉瓦の洋館には蔦が絡まり、歴史を感じさせるクラシカルな雰囲気を醸し出していた。 「お! 瑞樹が探していた白薔薇って、あれか」  宗吾さんが指差す方向にはタイル張りのテラスがあり、その周りを取り囲むように、あの日の白薔薇が満開に咲いていた。  白い雪のような花びらが幾重にも重なり、優美な中に凛とした佇まい……まさに『柊雪』という名前の印象通りの上品さを醸し出している。 「本当に素晴らしい薔薇ですね」  うっとりと見上げていると、宗吾さんにそっと腰を抱かれた。慌てて周囲を見たが、中庭の席には僕たちしかいなかった。  まるで貸し切りのよう。 「今日はテラス席にしたから、座ってでも見えるぞ」 「嬉しいです。見頃のうちに訪れたいと思っていたので」 「そうか、君の喜ぶ顔が見たかったから、嬉しいよ」  芽生くんがシャツの裾を引っ張って来る。 「ねぇねぇおにいちゃん、あの白薔薇って、この図鑑に載っている?」  芽生くんは、いつの間にか僕があげた『花の図鑑』を広げていた。気に入って重たいのに持ち歩いてくれるのが嬉しいよ。 「載ってないんだよ。これはね……特別な薔薇で、ここでしか咲かないんだよ」 「えーもったいないね」  芽生くんが首を傾げる。芽生くんには難しいかな。 「たぶん……ここで咲くのが薔薇にとって一番嬉しい事だから、一番綺麗に咲くんだよ」 「ふぅん……それって何だかお兄ちゃんみたい!」 「えっ?」 「だってお兄ちゃんはほかにいないし、ボクとパパの間でわらうお顔がいちばんキレイだもん!」  何だか芽生くんが大人びたことを言うので、面映くなってしまう。 「おいおいメイ〜その決め台詞は、俺が言うべきだろう」 「クスっ」  宗吾さんが頭を抱えて嘆いていると、背後に人の気配がした。  振り向くと、あの日助けてくれたシルバーグレイの紳士が立っていた。 「やぁ来てくれたんだね。えっと……確か葉山瑞樹くんだったよね」 「はい、そうです! あの……こんにちは。『柊雪(しゅうせつ)』が、あまりに見事で感服しておりました」 「ありがとう。今日は素敵な人達と一緒だね。小さなお子様も大歓迎だよ。ふぅん……おちびちゃん、君は僕の幼い頃みたいにませているね」  紳士の瞳は芽生くんを通して、誰かを思い出しているようだった。 補足…… 宗吾と瑞樹が訪れたレストラン(白薔薇の咲くお屋敷)は、こちらのお話に出てきます。おとぎ話のような王道ラブストーリーです。 『まるでおとぎ話』 ~long version~ https://estar.jp/novels/25598236  
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