紫陽花の咲く道 3-1

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紫陽花の咲く道 3-1

「えっ……」 「あっ!」  あまりに驚き過ぎて、言葉がすぐには出てこなかった。  お互いに顔を見合わせ、言葉の代わりに、はらりと涙が零れてしまった。  目を見張る程の美男子で、匂い立つような白百合のような美貌の主は、昨年葉山の海で出逢った(よう)くんだった。じゃあ運転手は丈さんだ! 「洋くん……っ」 「瑞樹くんっ」  それ以上の言葉が見つからず、僕らはふわりと抱擁しあった。 「会いたかった」 「連絡しようと思っていた所だったのに、ごめん。なかなか連絡出来なくて」 「いいんだよ、君が幸せなら……」  洋くんも泣いていた。  美しい瞳から零れる涙は、透明な水のように澄んで静かな雨となり、僕の心に優しく染み入って来た。    どうしてだろう。どうして……君がただそこにいるだけで、こんなにも落ち着くのか。  暫く抱擁しあって、頬を濡らした後……洋くんはハッとした面持ちで僕の右手を手に取った。    じっと目を凝らして見つめるのは、あの日の傷だろう。  実はまだ少しだけ痕が残っている。何しろあのガラス片は深かったから。  あの日の包帯だらけの白い手は、自分でも忘れられないよ。でも僕は過去の痛々しい思い出に、もう傷つかなかった。  しあわせというバリアが張り巡らされているから。 「動くの? もう、ちゃんと……」  洋くんの白魚のように美しい手に、僕の傷だらけの手を見られるのは恥ずかしいが、ちゃんと見て欲しかった。 「うん、ほら。もう大丈夫だよ。もう治って仕事もしている」 「良かった……本当に良かった! 便りがないのはきっといい方向に進んでいる最中だからだと、信じて待っていた」  洋くんは安堵のため息をふぅ……っと漏らした。そんなさり気ない仕草にも色香が漏れる美貌の持ち主だ。  彼が昨年の11月に軽井沢に来てくれ日から、少しも変わっていない事にホッとした。同時にこの半年間に本当に色んなことがあったと、しみじみとしてしまう。 「やぁ瑞樹くん……久しぶりだね。君たちもこの店に?」 「あっ……(じょう)さん! ご無沙汰しています。お世話になりっ放しで……」  いつの間にか僕たちの横に、洋くんの恋人の丈さんが立っていた。 「とんでもない。元気そうで良かったよ。今は……宗吾さんと芽生くんと幸せに暮らしているようだね」  彼の低い声……穏やかな口調が心地よい。 「えぇ今の僕はとてもしあわせです。4月の終わりから一緒に暮らすようになりました」  こんな風に人前で、自分の事をしあわせだと言えるようになるなんて。  でも……もっともっと伝えたい事がある。 「宗吾さんに……しあわせにしてもらいました」  彼らだから……僕たちと同じ道を歩む彼らだから言えることがある。言える事があるのなら、ちゃんと口に出して伝えたい。  僕を幸せにしてくれた宗吾さんへの感謝の言葉を──
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