紫陽花の咲く道 6-1

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紫陽花の咲く道 6-1

「宗吾さん、もうここで……これ、気に入ってもらえるといいのですが」  胸に抱いた紫陽花のブーケを宗吾さんに見せると、自信に繋がる言葉をもらった。 「君はいつも頑張っているから、大丈夫だよ。さぁ行っておいで。」 「……はい! 行ってきます」  宗吾さんと別れた後も、僕の心はずっと煌めいていた。 『言葉は魔法だ。縛りつけるものではない。凝り固まったもの……心を解き放ってくれるMagic Wordだ 』  先日読んだ物語から、感銘を受けた一文だ。 『Magic Word』か……  僕はずっとその逆で『口は災いの元』だと、思っていた。    函館に引き取られた当初、潤の事をを死んでしまった弟の夏樹と呼び間違えた所から歪が出来てしまったのが、最初の躓きだった。  不用意な発言は……結局自分に災いを招く結果になる。だから言葉は十分に慎むべきだという戒めを思い出し、すっかり口が重たくなってしまった。  自分の感情と向き合って、心に浮かぶ言葉を外に出すのを、その日からやめてしまった。ただ嫌われないように、目立たないように、多くは語らず……ひっそりと生きて来た。  一馬との恋もそうだ。何一つ自分の事情を語らなかった僕には、一馬を引き留める事は出来なかった。  逃げていたのだ。隠れていたのだ。  自分の人生から目を逸らして……  でも宗吾さんと芽生くんと出逢い、ふたりから明るく気さくに『魔法の言葉』をもらった。  大丈夫だよ。  ありがとう。  頑張ってるね。  大好きだよ。  流石だね。  幸せだな。  分かるよ。  俺がいる。  ボクがいるよ。  口癖のように『魔法の言葉』を僕に向けて放ってくれる明るく前向きな二人と接するうちに、今まで言うに言えなかった小さな悩みや些細なトラブルが、次々に消えていった。  その代わりに夢や希望……  今までしたくても出来なかった事、手が届かないと思っていたものが、近くに感じられるようになった。  その結果、僕の心は解き放たれた。  指輪って……結婚指輪のことでいいのかな。  幸せだ……  どこまでも、愛されている、満たされている。
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