紫陽花の咲く道 6-2

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紫陽花の咲く道 6-2

****  銀座の美容室に行くと、花嫁さんが支度中だった。  土日が休みでない仕事に就くご夫婦なので、今日、水曜日の夜にレストランウェディングをするそうだ。 「お待たせしました。加々美花壇の葉山です』 「わぁ!お花、すごく楽しみにしていました」 「こちらです。いかがでしょうか」 「きゃー想像を超える美しさだわ。ありがとうございます。持つだけで幸せな気持ちになります」 「ありがとうございます。どうぞお幸せに」 「あの、今日は凄い雨だったのに、すみません。人気のフラワーデザイナーさん自ら持ってきて下さるなんて感激しました」  嬉しい言葉をまたもらった。 「あーでも結婚式が雨だなんて残念です」  花嫁さんが、少し残念そうに口を尖らせた。 「でも……雨はヨーロッパの言い伝えで『Mariage pluvieux mariage heureux』と言われていますので。えっと……和訳すると『雨の日の結婚式は幸福をもたらす』という意味なんですが」 「どうしてなんですか」 「それは……二人が一生に流す涙を神様が代わりに流してくれ、雨に天使を乗せて新郎新婦に贈ってくれていると言われているからですよ」 「わぁ素敵ですね! そう考えると前向きになれます」 「良かったです。どうぞお幸せに。沢山の幸せが振り込んできますように」  一目で気に入ってもらえ、涙まで流されて、僕ももらい泣きしそうになった。  どうかお幸せに。  願わずにいられない。  僕の作ったブーケが、少しでもその幸せが増す手伝いが出来たらいいと思う。 「お帰り、葉山」 「上手くいったか」 「うん、とても喜んでもらえたよ」 「よかったな。ウェディングに紫陽花のブーケも悪くないな」 「そうだね、昔はタブーだったけど」  昔は紫陽花の花言葉といえば、『移り気』が一番でマイナスイメージのものしかなく、結婚式には不向きだったそうだが、最近ではジューンブライドに相応しい花として一定の需要がある。  小さなガクが集まって大きい花に見えることから、『家族団らん』『家族愛』という意味があるそうだ。 「あっそうか」 「何?」 「なんで今日……紫陽花を指定してきたのか、分かった」  さっきの花嫁さんのお腹には赤ちゃんがいたのだ。だから家族に重きを置いたのだろう。  そういうのっていいな。  産まれて来る子はしあわせだ。 「葉山はさっきから何だかご機嫌だな。もしかして道で大事な人と偶然会ったとか」 「あっ、えっ、なんでそれ?」  さっと顔が赤くなるのが、自分でも分かった。  すると菅野に笑われてしまった。 「あーもう。葉山は可愛すぎだろぉ。瑞樹ちゃんよぅ、悪い男に騙されんなよ」 「おい!」  同期の菅野とじゃれ合っていたら、リーダーにじろりと見られてしまった。 「あの、傘ありがとうございます。お陰で助かりました」 「うん、透明の傘も案外いいだろう」 「はい! 周りがよく見えました!」  視界がクリアになって、雨の世界をじっくりと味わえた。  透明の傘は……宗吾さんに離れていても守られていると感じる感覚と似ていた。 「どうやら道中、余程いい事があったようだね」 「えっ」 「君は顔に出やすいな。でも幸せそうで良かった」 「あっ……ありがとうございます」  
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