紫陽花の咲く道 7-1

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紫陽花の咲く道 7-1

 宗吾さんと仕事中に信号で偶然逢えた日から、数日経っていた。  家では何となく照れ臭くて、指輪の話題に触れられないでいた。  もどかしいような、じれったいような……それでいてワクワクするような不思議な心地が、あの日からずっと続いている。  相変わらず僕は幸せ過ぎる事に不慣れで……一度に沢山の幸せがやってくると逆に不安になってしまう。こうやって同じ家で暮らせるだけでも、身に余る幸せだから。  仕事が終われば真っすぐに宗吾さんと芽生くんの待つ家に帰り「ただいま」と言う。それから共に夕食の準備をし、芽生くんとお風呂に入り、三人で川の字となり眠る。  穏やかな眠りが続き朝が来れば「オ・ハ・ヨ・ウ」のキスで目覚める。  宗吾さんが朝食、僕が掃除と手際よく分担し、その後三人で玄関の鍵を閉めて出かける。  芽生くんをバス停まで送り、宗吾さんと一緒に電車に乗り込む。  電車は相変わらず満員電車だが、僕たちとっては出勤前の秘めやかな触れ合いの場所と時間だった。  彼とは何度も肌を合わせたのに、車中で肩や手がぶつかったり触れたりすると……そんな些細な触れ合いにすら、未だに心を跳ねさせていた。  宗吾さんも同じだ。  僕たちは互いに、見つめ合えばドキドキし、トキメキ合っている。  心が躍る。  心が弾む。  心って、こんなに自由なのか。  軽やかに跳ねるのか。  本当に知らなかった。  宗吾さん、あなたと会うまでは── 「じゃあな、今日も頑張ろう」 「はい。お互いに!」  そんな言葉で僕たちは改札で左右の道に別れるのが、日課になっていた。  職場では仕事に没頭した。私生活が充実すればする程、仕事も捗り、冴えていた。 「おお、葉山、今日もいい出来だな」 「リーダーありがとうございます!」 「それは銀座の『月虹』の分か」 「はい。今から届けに行ってきますね」 「了解。おっと……もうこんな時間か。今日は特別にそのまま直帰していいぞ」 「よろしいのですか。ありがとうございます」  時計を見ると、まだ16時半過ぎ。  いつも退社は18時過ぎになってしまうので、こんな時間に直帰してもいいとは驚いた。  僕は大きな花を抱えて、バーの入り口に飾る小ぶりのアレンジメントを届けに行く。  最近いつも芽生くんを抱っこしているせいか、妙に花が軽く感じるよ。  今日も梅雨空で、朝からしとしとと雨が降っていたが、僕の足取りはどこまでも軽かった。  
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