紫陽花の咲く道 9-2

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紫陽花の咲く道 9-2

****  宝飾店の白い手提げ袋には、小さな箱が入っている。  宝石箱に仲良く並ぶのは、二つの指輪。  それは僕と宗吾さんの結婚指輪。  ふたりで選んで、ふたりで購入した。  帰り道、朝から降り続く雨はまだ激しかったけれども、僕の心はまるで雲の上を歩いているように、ふわふわとしていた。 「あの……どうして僕の居場所が分かったのですか。あのタイミングは流石に不思議です」 「あぁそれはだな……紫陽花が道案内してくれた」 「どういう意味ですか」 「これさ」 「あっ!」  さっきエレベーターで指摘された紫陽花のガク……  もしかして道にも?  でもそんな『まるでおとぎ話』のような出来事が、現実に起こるなんて信じられない。 「そう言う事もあるのさ。たまにはいいじゃないか。人生において今日は大切な日だったし」  スーツ姿の宗吾さんは、本当に素敵だ。  長身でしっかりした体つき、男らしく精悍な顔。  大人の街……銀座にあまりに似合うので、惚れ惚れしてしまった。  この人が僕のパートナーだなんて、嬉しくて堪らない。  僕はこの先も繰り返すだろう。  何度も何度も、宗吾さんに恋して好きになる。 「嬉しいよ。瑞樹」 「何がですか」 「こうやって一つ一つ、君と向かい合って、繋がっていく部分が増えるのが」 「あっ、はい」 「さっきも言ったが、指輪の交換は北鎌倉でしよう。きっと向こうは紫陽花が綺麗だろう。自然豊かな場所で、花が咲く場所で……君の指に贈りたい」  次の週末、僕たちは北鎌倉の月影寺に一泊する約束をしていた。  だからそれは本当にもう間もなくの、確かな現実だった。 「まだ……なんだか夢を見ているようです」 「おいおい、夢じゃないよ。これは現実だ」 「はい。幸せな現実です」 「そうだよ。瑞樹」  ちょうど帰宅ラッシュの時間だった。  最近、宗吾さんと帰りの時間が合うことがなかったので、下りの電車に一緒に乗るのは新鮮だ。 「おいで」 「はい」  車中で人混みに揉みくちゃにされながら、僕は宗吾さんの胸元に収まった。  家に辿り着く前に、一足先に彼に抱かれている心地になり、胸が高鳴った。  ラッシュは嫌いだが、宗吾さんと一緒ならいいかも…… 「おい、瑞樹、あんまりくっつくなよ」 「あっ、すみません」  そう言いながらも、駅に着くたびに人が乗って来て密着が深まるばかり。  宗吾さんだから、安心できる。 (あーもう、瑞樹は可愛すぎる……)  誰にも聞こえない声が届いた。  以心伝心なのかな。これも……  文字や言葉を使わなくても、お互いの心で通じ合っている。  宗吾さんと僕は今── (宗吾さんこそ、カッコ良過ぎます……)    
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