紫陽花の咲く道 12-2

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紫陽花の咲く道 12-2

 芽生も瑞樹も、手をバタバタさせ慌てている。  いかん、つい興奮しすぎた。 「あの、でも大丈夫ですよ。ちゃんと中にTシャツのインナーを着ていましたから」 「そうか、ならよいが」 「宗吾さんってば『風紀委員長』みたいですね、くすっ」 「ごめんな。瑞樹を疑って、すまん」 「うっ……でも、そう素直に謝られると、少しやましいのですが」 「何がだ?」 「実は……そのTシャツもやっぱりお下がりで、僕には大きかったのです」 「なぬぅぅーやっぱり広樹の奴! 今度会ったらたたじゃすまない」 「もうっ昔の事ですよ。今はほら」  俺の前で上品に微笑む瑞樹は、淡い紫陽花色のリネンシャツの釦を一番上までしっかり留めており、実に禁欲的だった。(それはそれで危なっかしいのだが) 「そうだな、うん、下着も中に着ているな」 「あっ、はい」 「パパ、おにいちゃんは大人なのに、なんだかボクと同じみたいだよぉ。おなかひやすなーとか、パンツのなかにハダギいれろーとか、いつもボクに言うのみたい」 「くすっ」 「ははっ。さぁ食べたなら次の目的地に行くぞ」 「あっはい」  勘定を済ましさっきの男子学生の横を通り過ぎた時、その顔を見て驚いた。 「あれ?」 「あっ」  俺に背を向けていた少年は、月影寺の翠さんの息子、(なぎ)くんだった。 「あーハロウィンの時の! あっそうか、今日来るって父さんが言っていたっけ」 「おー薙くんだったよな。こんな所で会うなんてな」 「驚いたなぁ、あっ拓人(たくと)、この人たちは……父さんや洋さんの友達だよ」 「へぇ」  じろっと俺を見上げた無骨そうな少年と目が合った。  なるほどな、さっきこの青年が照れ臭そうにしていた理由が分かった。  薙くんがインナーを着ていないからだ。  そう思うとニヤニヤしてしまう。  青春だな、若者よ。 「じゃああとで月影寺で会おう」 「はい!おーチビスケ、また遊ぼうなー」  薙くんがひらひらと手を振る。 「ボクはメイだもん!」   **** 「さぁ次に行くのは、二人が好きそうな所だぞ」 「どこですか」 「まぁ付いてこい」 「はい、楽しみです」  水色の傘を差した瑞樹が甘く微笑み、俺の後ろを歩いてくる。    なんだか、これって……  かなり奥ゆかしく初々しいデートのようだな。  昼食後の観光は、瑞樹と芽生が喜びそうな場所を選んだ。  再び小川沿いの道を歩くと、白薔薇が咲き蔦の絡まるレンガ造りの洋館が左手に見えてくる。 「あそこに入ろう」 「わぁ……ここは、美術館ですか」  有名な絵本作家の美術館だ。なんでも美術館自体が1冊の美しい絵本という設定で、寛いだ雰囲気の中、展示やショップをゆっくりと楽しめるそうだ。  まぁ、これも全部流の受け売りだが。 「こういう場所、君は好きだろう?」 「はい!」  正直今までの俺だったら、こんなにふんわりと優しく美しい色は好みではなかった。もっとド派手で鮮明な・強烈で目の覚めるような色を求めていた。  だが瑞樹と出逢い、彼を愛するようになってから、気持ちが変化した。  自然界の空の色、海の色、緑の色……  優しく伸びやかで、それでいて大きくて広い色が、好きになった。
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