紫陽花の咲く道 13-2

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紫陽花の咲く道 13-2

****  美術館は2階建てで、1階には原画が一定間隔で飾られていた。  どれも広々とした緑の草原や透明感溢れる青空に白い雲……その中にポツンと家や人、樹木などが描かれていた。  思いっきり深呼吸したくなるような、風が吹き抜けてくるような絵だったので、夢中になって見入ってしまった。 「瑞樹、二階にもあるみたいだぞ。行ってみるか」 「あっはい」  二階へ続く階段を上がると、芽生くんが嬉しそうに僕に教えてくれた。 「おにいちゃん、あそこに『ほっかいどう』って書いてあるよ」 「わぁ、よく読めたね。どこかな?」  一番奥の部屋に『特設展示~北海道の旅~』と張り紙があった。 「おっ瑞樹、タイムリーだな」 「はいっ」  特設展示会場は、子供部屋をモチーフにした白く爽やかな部屋で、白い壁には色とりどりの水彩画がずらりと並んでいた。 「あぁ北海道の景色です」 「そうだな。君の故郷だ」  透明感のある色彩で表現された、北の大地が待っていた。  一面に広がる牧草地。  青い空。  原っぱに並ぶ木立。  どの絵も懐かしい景色ばかりで、先日帰省したばかりなのに、何だか恋しくなってしまうよ。  この絵は、どうしてこんなに胸に迫ってくるのだろう。  最後の1枚に辿り着いた時に……腑に落ちた。 「あっこれ……」  それは『みずき』というタイトルの絵だった。  みずき……は、僕の名だ。  緑豊かな牧草地の上にはどこまでも澄んだ青空が広がっていて、真っ白な雲がぷかぷかと浮かんでいる。その雲の下に、母親と小さな男の子が背中を向けて立っている。空に手を伸ばして……  よく見ると……雲の上には天使が描かれている。  天使は夏樹に似ていた。  偶然だろうが、僕の名前のつく絵に胸が熱くなった。  もしも……  この小さな子供が僕で、しっかりと手を繋いでくれているのが母だったら。  離さないで欲しい。  この手を、ずっと……! 「……この絵のタイトル、君の名前と同じだな」 「はい」 「前から言おうと思っていたが『みずき』って名前綺麗だよな。『瑞』の「瑞々しい」の意味からは「生き生きとして艶やか」とか「フレッシュで若々しい」というイメージが沸くよ。それに『瑞』には『玉』という意味があるの知ってるか」 「いえ、それは知りませんでした」 「『玉』には『貴重な宝石』や『縁起が良い』という意味がある」 「そうなんですね。流石、宗吾さんです。詳しいです!」 「まぁ……ビールの商品開発を手伝った時に、勉強してな」  宗吾さんが僕の名の由来について、熱心に語ってくれる。それが嬉しい。 「きっと瑞樹の両親も君に名付ける時、沢山の願いを込めたんだろうな。『いつも新鮮な気持ちで頑張って欲しい』とか『豊かで充実した人生を送って欲しい』と……それから『幸運に恵まれますように』と願いもきっとさ」 宗吾さんが沢山語ってくれる。 母の代わりに― そのことにグッときて、涙が滲んでしまった。 「おいおい、泣かすつもりじゃなかったのだが」 「……嬉し涙ですよ、これは」  僕たちの様子をそっと見守ってくれていた美術館のスタッフの方が、『感想ノート』の存在を教えてくれた。 「よろしければ、今日の感動をこちらで記してみてはいかがですか」  案内されたのは図書コーナー。  そこには、来館した人がメッセージを書き残せるという『感想ノート』が何冊も置かれていた。ノートは開館当時、つまり30年以上前から書き綴られているとのこと。 「瑞樹、俺たちも書いてみるか」 「そうしましょう」 「ボクは、おえかきしたいな」    3人の思い出を、記すことにした。  今日という日をここに刻み、またいつか読み返しに来るために。  宗吾さんとの未来に、布石を打つ。
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