紫陽花の咲く道 16-1

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紫陽花の咲く道 16-1

 月影寺に向かう途中、鎌倉の地ビールを扱う店に立ち寄った。  ビール好きな広樹兄さんに、鎌倉土産を贈りたくて。 「へぇ思ったより品揃えがいいな」 「そうですね」  大規模な設備で作る大手メーカーのビールは、均一な味で親しみやすく飲みやすき。一方、地ビールは手間暇かけて作るので、個性豊かな味わいになる。  なかなか函館を出られない兄さんに、北海道では飲めない味わいの地ビールを送って、せめてもの旅情を届けたい。  そうか……こんなに簡単な事だったんだ。  高校時代、函館から東京へ修学旅行に来た。  同級生が浅草で抱えきれない程のお土産を買っている中、ポツンと道端に立っていた自分に伝えたい。 (瑞樹もほら、皆に混ざっておいでよ。人形焼きが、とても美味しそうだよ。帰宅して、家族で食べたら、きっと美味しいよ)  本当に人生というものは、あの時こうしていたら……という後悔がつきものだ。    この件に関しては月影寺に着いたら、翠さんに聞いてもらいたいな。  あの葉山の海で、僕の悩み、心の葛藤に静かに耳を傾けてくれた翠さんは、寺の住職らしくどこまでも達観していた。 「おい、この大仏の絵柄のラベルって、広樹っぽくないか」 「わっ確かに!『兄さんに似ていると宗吾さんが言っていました』と手紙を添えますね」 「え? いや、それは余計だろう。『カッコいい兄さんのために、瑞樹が一生懸命選びました』が妥当だ。下手な喧嘩は売りたくないぞ」 「くすっ、兄さんと宗吾さんは似た者同士ですね」 「なぬぅ~」  その後、何種類も地ビールを試飲させてもらった。  結局、宗吾さんオススメの鎌倉の大仏がラベルの骨太な味わいのビールを選び、函館への送り状を手配した。  それから冷えた地ビールを沢山購入して、僕たちは月影寺へ続く坂道を上った。  どこまでも真っすぐに紫陽花が咲く道だった。  僕の心も思い思いに咲く紫陽花のように、ほんのり灯っていた。  心からリラックスしていた。  信頼できる人と、愛しい人と歩む道は、どこまでも凪いでいた。
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