紫陽花の咲く道 17-2

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紫陽花の咲く道 17-2

「翠さん……今日はお言葉に甘えて、また泊まらせていただきます」 「うん、ゆっくりしていって。今洋くんを呼んだよ。彼、君たちの来訪を心待ちにしていたから、きっと飛んでくるよ」 「ありがとうございます」 「そう言えば、今日は丈と洋の離れに泊まるんだって?」 「はい、洋くんから誘われたので」 「ふふ、洋くんは本当に君のことが好きなんだね。丈が少し妬くかも」 「?」  玄関に立って待っていると、しとしと雨が降る中に、小走りの足音が聞こえた。  ぴちゃぴちゃと泥が撥ねる音も。  振り返ると、洋くんが嬉しそうに微笑みながら、こちらに向かっていた。  少し離れた間隔で、丈さんも一緒だ。 「瑞樹くん、待っていたよ!」 「あっ洋、あまり走るな。 そこは滑るぞ!」 「えっわぁぁー」 「あっ危ない!」  驚いた事に……僕の目の前で、洋くんがバナナの皮を踏んだかのように、ツルっと足を滑らせた。 「うわっ!」 「ああぁ……」     咄嗟に手を差し出した僕も、つられてひっくり返ってしまい、芽生くんがはまった水たまりに、顔ごと突っ込んでしまった!   「うわっ!!」  ビシャっと顔に泥水がかかった。 「わっまじか」 「瑞樹!」 「洋っ」  流さんと宗吾さんと丈さんの声が見事に揃った。 「あーぁ大丈夫かい? 何だか君たちも薙と芽生くんみたいだ」  翠さんは呆れ顔。 「流、この水たまりは危険だね」 「くくくっ兄さん、本当に落とし穴みたいだ。さっきから4人もひっかかるとは。明日には土を盛って修繕しておきますよ」 「うん、そうしてくれるか。悪いな」 「もちろんです。危なっかしい兄さんが転んだら大変ですからね」 「……ムッ……僕はそんなドジしないよ」 「どうだか」 「言ったな」  翠さんと流さんの楽しそうな会話が聞こえる中、僕と洋くんは顔を見合わせて唖然としていた。  だって洋くんの花のように美しい顔は今は泥だらけで黒ずんで……髪からはポタポタと泥水が垂れてくる始末だ。 『水も滴るいい男』なら分かるが、泥水が滴っているなんて、可笑しいよ。 「瑞樹くん……ごめん。でも君は『水も滴るいい男』だよ。瑞々しいしずくが似合うね」  洋くんは自分の髪を手でよけながら、そんな呑気な事を言う。    いやいや泥水ですけど……と突っ込みたくなるが、彼の美しさの方が際立っていて、結局言葉が出ない。  美しい額、白い陶磁器のような肌。  本当に洋くんは綺麗だ。絶世の美男子だろう。 「洋、お前は本当に……」 「丈ごめん。瑞樹くんごめんね……俺、そそっかしくて。君が来てくれたのがあまりに嬉しくて」 「うん、僕もだから分かるよ」 「瑞樹くんすまなかったね。とにかく離れで風呂に……ほら、洋も立てるか」 「そうだ。瑞樹、風呂を借りろ。また風邪ひくぞ」 ****  といわけで、何故か洋くんとふたりで入浴中だ。  洋くんと丈さんの愛の巣の風呂場を泥だらけにしながら、湯船にふたりで浸かっている。  なんとも奇想天外な展開に、ハロウィンの仮装で大騒ぎした事も思い出し、肩を揺らして笑ってしまった。 「瑞樹くん、酷いな。何もそんなに笑わなくても」 「ごめん。洋くんって意外とドジなのかな。可愛い」 「えっ俺はいたって真面目だが」 「じゃあ天然なのかな」 「天然?」  純粋培養のような澄んだ瞳で首をかしげる洋くんの仕草は、同性の僕でもドキッとするほど艶めいていた。  これは……早くあがらないと、丈さんに怒られそうだ!  今回はどんな旅になるのか。それはまだ分からない。  それでも一寸先は『闇』ではなく、『笑』だったなぁと、なんだか可笑しくて、クスクスと肩を揺らしてしまった。  もう怖くない……  未来を迎えるのは怖くない。  僕は本当に明るくなった。  未来を共に過ごしたいと思う人がいると、こうも違うのか。  周りの明るさに、ぐいぐい引っ張られていくのが心地よい。  ますます、変わっていく。    この歳になっても……まだ変われるのか。   いや変わっていけるのだ。  それを深く強く実感していた。  
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