紫陽花の咲く道 18-1

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紫陽花の咲く道 18-1

 水たまりで子供みたいに転び泥だらけになった瑞樹と洋くんが、仲良く風呂に入っている。 「宗吾さん、ビール飲むか」 「あぁ」 「とんだハプニングで……悪かったな。でも、よく来てくれたな」 「大丈夫だ。一晩世話になるよ」  俺は丈さんと、よく冷えたビールで再会を祝った。  ここは寺の離れ……丈さんと洋くんの住まいだ。どうやら建てられて間もないようで、新築のようにピカピカだ。よく手入れされているな。  大きなソファに大きな窓。広いバスルームに広いベッドと、ふたりのための家は、どこまでも規格外だ。  都会のマンション暮らしの俺には、羨ましい程だ。 590f8298-9f8a-4e34-a7d1-633e0af0c6ac (画像・honoluluさま作成)  大人の隠れ家といった風情…… 『愛の巣』という言葉がぴったりだ。  ソファで寛ぎながらビールを飲み交わしているうちに、次第に物静かな丈さんも饒舌になってきた。 「道中……紫陽花が綺麗だったろう?」 「あぁ君のお兄さんのアドバイス通り、道の両脇には青紫、白、青……色とりどりの紫陽花が咲いていて、瑞樹も芽生も喜んでいたよ」 「よかったな。しとしとと降る雨の中、じっと耐え忍ぶように咲いている花姿が私は好きだ」  へぇ……渋い事を言うんだな。 やはり彼は、明るく朗らかな流とは真逆の性格のようだ。 「丈さんは、紫陽花の花言葉を知っているか」  瑞樹との和やかな会話を思い出し、無性に彼にも訊ねてみたくなった。 「『辛抱強い愛情』だろう?」 「そんな花言葉もあるのか」 「あぁ調べたらそれが一番しっくりきた」 「そうか」  意外な答えが返ってきた。  それは丈さん自身のことなのか。きっと洋くんとは平穏無事に簡単に結ばれた訳でないと予想はしていたが……相当に苦しい思いをしたようだ。 「君たちも……道中、苦しい恋だったのか」 「まぁな……洋は自分の受けた傷に塩を塗るような真似をしてしまう人でね。いい加減にもうやめろ! と怒鳴りたくなったことが何度もあった」 「……そうか」  興味深い内容だった。  瑞樹はあのストーカーに拉致された事件をすっかり昇華したように見えるが、実際はどうだろう。記憶からすっぱり消し去ってしまったのか、あれ以来何事もなかったように過ごしているので、俺も忘れそうになっていたが。  その事が少しひっかかり、彼の話をもっと聞いてみたくなった。 「それで、君たちの恋路は……」 「いつまでも洋を護っているだけでは、私も洋も前には進めないし成長できないと考えて……本当に長い年月、様々な事件に巻き込まれながらも、辛抱強く育てたよ。私達の愛を……」 「そうだったのか」  洋くんに何があったのか。俺は詳しい事は聞いていない。でもあの日、軽井沢に突然現れた洋くんが、瑞樹にぶつけた言葉はかなり切なかった。カーテン越しに聞いていて、胸が潰れる想いだったよ。  洋くんは自分を犠牲にしてまで瑞樹の心に寄り添い、瑞樹の苦悩を吐き出させてくれた恩人だ。  共に泣き、瑞樹の棘を抜いてくれた姿は、ハッとする程美しかった。 「洋くんは前を見つめ、人を想い、今を生きる人だな」 「あぁそんな洋を、私は深く愛している」  自信満々に言う丈さんの姿に、惚れ惚れした。  俺も瑞樹を愛すことに関しては、負けていない。負けられないな。  
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