紫陽花の咲く道 20-1

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紫陽花の咲く道 20-1

「お兄ちゃん、ほら!」  芽生くんの小さな手のひらには、何も乗っていなかった。  だが僕の目には、芽生くんの掴んだ虹の欠片が、確かに見えた。  心の目で見れば、それは容易に見つかった。 「わぁキレイだね」 「あれれ……もうきえちゃった? おかしいなーおっことしちゃったのかなぁ」  芽生くんは悔しそうに、手をグー、パーさせて窓にかざした。 「大丈夫。僕にはちゃんと見えたよ」 「ほんと? ウソじゃない?」  その時、芽生くんの手のひらにキラリと輝く虹の欠片が、再び届いた。 「あっほら、やっぱり見えるよ!」  光線を辿ってみると、あぁと納得出来た。  突然生まれた虹の正体は、窓辺に吊り下げられていた月のようなサンキャッチャー 。  サンキャッチャーとは小さなクリスタルガラスをカットした物を、紐などで窓辺に吊して光の輝きを楽しむアイテムで、日照時間の少ない北欧などで、窓辺のインテリアとして親しまれてきたものだ。  太陽光がプリズムのように分光し、小さな虹が次々と生まれていた。  そうか、ちょうどこの離れの大きな窓に、光が届く時間だったのか、絶妙なタイミングだ。 「すごい!すごい! 虹のカケラがたくさんだよ。お部屋がキラキラしている! 」 「そうだね。綺麗だね」 「あのね……さっきはおにいちゃんの分しかとれなかったのに、こんどは、みんなの分もあるよーあぁよかった」  芽生くんがグンっと背伸びする。  精一杯、両腕を天井に向けて伸ばす仕草が愛おしくて溜まらないよ。 「みんなにも、とどけよう! よいしょっ!」  そんな事を言ってくれるなんて、本当に可愛いよ。  芽生くんが嬉しそうに、虹の欠片をみんなに配り出した。  もちろん光の反射なので掴めないが、芽生のくんの頭の中では実際に持っている気分なのだろう。  子供って、想像力豊かでいいな。 「はい、オジさんとおにいさんも、どうぞ」 「ありがとう。綺麗だね」 「……ありがとう」  洋くんは満面の笑み、一方、丈さんは少々引きつりながら身を屈めて受け取った。  うーん、流石にオジさんはまずいかな。  芽生くんに丈さんの呼び方、教え込まないと! 「はい、大きなオヤブンもどうぞ」 「はははっ、俺は大きな親分かよ! いいな。それ!」  おっオヤブンって、さっきから……今日は何に感化されたのか。  流さんはお腹を抱えて、豪快に笑ってくれた。 「パパにもあるよ」 「おう!芽生、サンキュ!」  最後に芽生くんが僕の前にやってきたので、僕も天井に手を伸ばして、虹の欠片を一つ取ってあげた。 「おにいちゃんにも」 「ありがとう。じゃあ僕からも……これは芽生くんの分だよ」 「わぁボクもいいの?」 「もちろんだよ」 「やっぱりお兄ちゃん、だーいすき!」  芽生くんが僕に抱っこをせがむ仕草をしたので抱き上げると、僕の肩口に顔を埋めてスリスリと鼻を擦る仕草をしてきた。  これは芽生くんが甘えたい時の癖だ。  その様子を洋くんがずっと目を細めて見つめていた。    「芽生くんって可愛いね。瑞樹くんは、こんな愛くるしい子と暮らしているなんて、羨ましいよ」  もしかしたら洋くんは小さな子供が苦手ではと心配していたが、愛おしげに見守ってくれたので、嬉しくなった。  そうだ……身近に子供がいなくても、誰だって子供の心を知っている。  何故なら誰もが幼少時代を経て、今に至るのだから。 「なぁ……俺もこんなだったのかな、丈――」 「あぁ君の両親が健在の頃は、きっとふたりの真ん中で、こんな風に笑ったり甘えていたのだろう」 「そうかな? そうだったのかもな。 殆ど記憶はないが、少しやんちゃだった気がするよ。丈……ありがとうな」  あぁ……追憶の瞳だ。  その瞳の色を、僕も知っている。  過ぎ去りし日々を懐かしむ気持ちは、誰にだって存在する。  洋くんを見ていると、しみじみとそれを感じる。  幼い頃に両親を亡くし、彷徨わないとならなかったのは、僕だけでない。 「洋くん……今晩はお互いの幼い頃の話もしよう」 「ありがとう。君とは色々語りたいよ」
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