家族の七夕 1-1

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家族の七夕 1-1

「葉山、ちょっといいか」 「はい、何でしょうか、リーダー」  出社するなり、上司に呼ばれた。 「今日の君の予定は?」 「今日は内勤で、秋の商品開発に向けての会議が10時から入っていますが」 「そうか。でも悪いが、今日は店舗の助っ人に入ってくれないか。急病で花束を作る人が足りないと、急なSOSが入ってな」 「あっはい。分かりました。ではすぐに駆けつけます」 「よろしくな。ん? 店長はアイツかぁ……あーきっと疲れると思うから、そのまま直帰していいからな」 「……はい? ありがとうございます」  という訳で、僕は都会のど真ん中を突っ切る電車に乗り、加々美花壇直営のフラワーショップに1日だけ出向することになった。  人でごった返す都会のターミナル駅にある店は、駅前の小さい店構えだが、売り上げは抜群だ。  それだけ混雑しているのだろう。  急な店員の休みで、僕を必要としているのが分かっているので、小走りで向かった。  それにしても今日って……何かイベントでも?    母の日やバレンタインやホワイトデー・クリスマスの忙しさは分かるが、今日は7月7日だ。 「あっ……そうか、今日は七夕だ!」 『昨今では恋人同士が愛を再確認するために花束を贈るのが流行している』と、昨夜、宗吾さんが話していたのをすっかり忘れていた。 「遅くなりました。本社の葉山です」 「あぁ本社からの助っ人さん? 俺が店長だ。ところで、あんた随分若そうだけど使えるの? 新入社員?」 「ち、違います! 全力で頑張ります」 「うーん、何だか頼りないなぁ」  イレギュラーな事態なのは分かるが随分な言われようだなと、思わず苦笑してしまった。 「ほら、へらへらしてないで、早くエプロンつけて」 「すみません!」  僕は年よりずっと若く見られてしまうで仕方がないのかな。  たまに、こういう風に雑に扱われる。  プライベートだったら、僕を雑に扱う人とは少し距離を置きたくなるが、これは仕事だ。だから僕が相手に合わせるしかないのだ。  頑張ろう!   今、目の前にあることを、今、出来る事をひとつひとつ。  そう紫陽花の咲く、月影寺で誓った。 「おい、葉山。とりあえず客足が増える前に、アレンジメントをいくつか作っておけ」 「はい、あのどんなコンセプトのものを作りましょうか。カラーやサイズの指定は?」 「はぁ? 面倒臭い事を聞くな!この店の売り上げを知っているだろう」 「えぇ都内でも五本の指に入っている事は」 「そうだ。ここは置いておけば何でも売れるんだよ」 「……ですが、今日はせっかく七夕なので、何かコンセプトを設けたら、お客様に喜ばれるのでは」 「そんな暇ねーよ。あーあ、本社のやつらは呑気で嫌になるぜ。ほら、ショーケースにある花を片っ端からアレンジメントにしろ」 『取り付く島がない』とは、このことだ。  あくまで今日の僕は、この店の助っ人だ。  ぐっと我慢して、言葉を呑み込んだ。  言われた通り黙々と作業するしかなかった。  七夕は恋人たちの祭り。  恥ずかしがり屋の男性が勇気を出して花束を買いに来るかもしれない。  いつも愛していると心から思っていても、なかなか素直に伝えられない。それでは相手も少し不安になってしまう。  だからこそ七夕を機に、愛しているという想いが伝わる花束を作って、愛と花のある暮らしを提供する細やかな手伝いをしたい。  それが僕の願い。  僕のモットーは、ストーリー性が溢れるフラワーアレンジメント。  いつかずっと先の未来に……自分で店を持てたらの夢になるのかな。これって──  ショーケースから花を手にする。  白いダリアの花言葉は『感謝』だ。  これは結婚している旦那さんにも、オススメだろう。  奥様への日頃の感謝を示すのに、いいな。  グリーンやリボンをあしらって主役のダリアを引き立てようと思ったら、店長から、また注意されてしまった。 「おいおい~そんな寂しい花作るなよ。白とグリーンだけなんて、もっと派手で目を引く華やかなのにしてくれ」 「え。あっ? ……はい」 「忙しいから、さっさと作ってくれ。適当でもいいからさ」  花を扱う人なら本来持っているはずの当たり前の情熱なのに、この店長は忙しさのあまり大切な感覚が麻痺してしまっているのか。 『適当』だって?  流石にこの言葉にはカチンとしてしまった。  花にもお客様にも失礼だし、花を扱う側の人間として許せない……  だが言い返したい気持ちは、ぐっと堪えた。  リーダーが疲れるだろうと言った意味が、今になって理解できた。  気を取り直してショーケースを再び見ると、今度は大量のカスミソウが目に入った。  カスミソウの無数の白い小花が星屑のように見え、天の川を彷彿する。そこで七夕らしくとカスミソウだけのブーケを作っていると、また怒られてしまった。 「おいおい、あんた、ほんと使えねーな。そんな脇役だけのつまらない花束を作るなよぉ!」 「……すみません」  そこから先はもう何も考えないで、店長が気に入るものを作るしかなかった。ただし……どのアレンジメントも適当なんかじゃない、僕の心だけは込めて作った。    それだけは、悪いが通させてもらった。  見た目の派手さや売れ筋、速さだけでない。  僕の流儀を密に注いだ。 「もう帰っていいぜ」 「……お疲れ様でした」  そんな一言で解放されたのは、もう夜の8時過ぎだった。  朝からずっと立ちっぱなしで休憩もろくになく、店の片隅でスナックパンをかじるしかなかった。  空腹だし……とても疲れた。
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