家族の七夕 4-2

1/1
前へ
/1917ページ
次へ

家族の七夕 4-2

「何か飲むか、ビールでも?」 「あの……今日はお酒じゃなくて、芽生くんがいつも飲んでいるのが飲みたいです」 「芽生の? あぁ、アレか」 「はい!」    俺が子供の頃からある定番の乳酸飲料を炭酸で希釈して、青いストローをさして出してやると、瑞樹はあどけなく笑った。 「ありがとうございます。美味しそう……!」  あれ? 今日の君は不思議といつもより幼く見えるな。 「あぁやっぱり懐かしい味ですね、昔、夏になると、これをよく飲んでいました」 「へぇ、夏樹くんも好きだった?」  今日の瑞樹が話すことは、大沼での思い出だろう。 「はい。これは僕たち兄弟のお気にいりで。お風呂上りにママ……あっ、すみません。お母さんが作ってくれて」   照れくさそうに、瑞樹は慌ててストローを吸った。 「そうか」 「宗吾さんも好きでした?」 「いや、俺は牛乳党だったな」 「あぁだからそんなに背が高く、逞しくなったんですね」 「大きくなりたかったからなぁ。男らしくな」 「とてもカッコいいです」  甘い瞳、ストローを吸うために窄めた唇。  可愛い瑞樹は、すぐ隣にいる。 「なぁ……キスしてもいいのか」 「えっと、わざわざ聞かなくても……」  瑞樹は俺の方を向いて、瞼をそっと閉じてくれた。  顎を掬い、唇を重ねると…… 「あ、この味……」  爽やかな甘さが漂っていた。  なんというか七夕の夜に相応しい、恋の味。 「初恋ですよ……宗吾さんに」 「え?」  瑞樹が俺の左手薬指の指輪に、そっと触れた。  だが瑞樹の言っている意味が、すぐには呑み込めなかった。  前の彼氏とは嫌いになって別れたわけでないのを知っているから。  初恋は俺じゃないはず…… 「初めてなんです」 「だが……君は」 「さっきみたいに……愚痴を言えるのも、未来を共に過ごしたいと願うのも……今を楽しもうと思えるのも、全部……宗吾さんだからなんです」  なるほどそういう意味での『初めての恋』なのか。 「瑞樹、嬉しいよ。その言葉、夜空の星以上に輝いている!」 「ふふ、今日の宗吾さんはロマンチックですね」 「いつもだよ」 「くすっ」  それから俺たちは……今宵は口づけだけで満足出来ると思えるように、何度も何度もキスを繰り返した。 「ふっ……宗吾さん、キスって気持ちいいですね」 「そうだな」  確かに不思議だ。  キスは唇と唇が触れ合うだけのシンプルな行為なのに……  愛しあう俺たちにとっては、まるでおとぎ話の『魔法』のようだ。  そういえば以前……キスの科学的根拠について描かれた外国の記事を見かけたな。  確かキスには『愛』の他に『安心』を感じる役割も担っていると書いてあった。  俺たちは皆この世に産まれた時に、誰に教えられることなく母親の乳を本能的に吸う。これが生まれて初めての唇への外部的な刺激だ。  つまり唇を使って触れ合うことには……安全で満たされるものという乳幼児の体験が、生涯記憶されているのだろう。  だから人はキスをしあうと、互いに深い愛情を感じる。  人の唇は、敏感だ。  少し触れるだけで過敏に反応できる性感帯なのだ。  ここには、男女の性別の差なんてない。  平等に与え、受け取ることの出来る器官なのだ。    キスによって言葉でのコミュニケーションを超えて、家族としての絆も深められる。  ディープキスは瑞樹とだけの特権だ。  だから俺たちはキスを深め、耽った。  夜空に瞬く星の数だけ、生涯、キスをし続けたいと願った。  七夕の夜──  愛が瞬く夜だった。 『家族の七夕』 了
/1917ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8000人が本棚に入れています
本棚に追加