箱庭の外 3-1

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箱庭の外 3-1

「おはよう、瑞樹」 「ん…もう朝ですか」 「今、目覚まし5分前だ。瑞樹は今日から遅くなるんだったな」 「すみません。資格の取得は短期集中で目指そうと思って」 「応援しているよ」 「ありがとうございます。頑張ってきます」  宗吾さんは、いつもこうやって僕の背中を押して励ましてくれる。 「あぁ、だが…」  でも少しだけ元気がないのに、気付いてしまった。  だから僕は同じベッドの中で、彼にそっと耳打ちする。    僕たちの間で可愛く眠る芽生くんを起こさないように。 「なので、ちゃんと……分散してくださいね」 「おうっ! 任せておけ!」  満面の笑みで前のめりに返答されると、余計なことを言ったかなと苦笑してしまうけれども。 「しっ静かに。もうっ何事も節度を持ってですよ」 「うう、最近の瑞樹は老成しちゃってるぞ。まるで北鎌倉の翠さんみたいだ」 「くすっそれは翠さんに失礼ですよ」 「はは、でも君から求めてくれて嬉しいよ」 「……それは僕だって……あなたに触れたい気持ちがあります」 「ん、サンキュ! じゃ、おはようのキスを」 「はい…」  ── お・は・よ・う ──  キスから始まる朝を、もう幾日迎えたか。  それからお互いの指輪に触れ合って、元気をチャージする。 「瑞樹が今日も無事に過ごせますように」 「宗吾さんが今日も元気に過ごせますように」  僕たちは月影寺で指輪の交換をしてから、毎朝、まるで新婚のように、こんな甘い朝を迎えている。  幸せに不慣れな僕には甘すぎる朝でも、宗吾さんといると慣れて来る。 「よしよし、今日も可愛いな」  さりげなく宗吾さんの手がパジャマ越しに僕の胸元を揉み込んできたので、途端にドキっとしてしまう。 「あっ、駄目っ」  そこをそんな風に執拗に触ってくるのは、宗吾さんだけだ。 「もうっ、──」  最近は胸を弄られると、下半身に電流が走るように過敏にビクビクと反応してしまうので、もぞっと腰を揺らした。 「んんっ……」  そこに、ジャーンっと目覚ましの音楽が響く。 「あー惜しい。時間切れか」 「ですね、お決まりの」 「おしっ! 物足りない気もするが……瑞樹チャージもしたし、起きるか」 「はい!」 ****  宗吾さんからアドバイスをもらった翌週には、資格取得の許可が会社から出て、東京・恵比寿にあるフラワーセラピースクールに通うことになった。  講義はカラーセラピーとフラワーセラピーを、深く学べ興味深い内容だった。  続いて花の持つ癒しのパワーと色彩心理を融合させ、お客様の心理状態に合わせたブーケを作る実習も受けた。  強いストレスのケアや、マイナスからプラスへの意識向上サポートになると、レッスンでブーケやアレンジメントを作る度に実感した。  僕は人が抱くストレスを紐解く手伝いをしたい。  かつて僕が花に癒され、救われたように……  花で人を癒したい。  もっと深く、もっと強く。    切に願った将来の夢と合致する内容だった。  
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