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箱庭の外 5-1
「もうおなかいっぱい~ごちそうさま」
「芽生くん、よく食べたね」
「瑞樹もほら、ちゃんと食べろ」
「あっ、はい」
「悪いな、芽生の世話ばかりさせて」
「とんでもないです。嬉しいです」
「そうか、美味しいか」
「えぇ、とても」
ホテルの高級中華料理は上品でまろやかな味付けで、どれも美味しかった。
オーダーバイキング形式で食べたいものを食べたいだけ頼めたし、見た目も美しく、目でも舌でも存分に楽しめた。
ただ……このホテルには、忘れもしない悲しい思い出がある。
先日、宗吾さんに恵比寿のホテルでランチをしようと言われた時、正直……躊躇してしまった。何故ならここは……アイツが結婚式を挙げた場所だったから。一馬と朝まで抱き合って、それから招待もされていないのに、僕はここに現れた。
僕の反応が変なのに気付いた宗吾さんが優しく促してくれたので、あの日の事を素直に話せた。
ここであの日僕が何をしたか……
宗吾さんと出逢う数時間前の行動を洗いざらい。
隠し事はもうしないと決めた。
もうひとりで抱え込まないと決めたから。
宗吾さんは少し考えた上で……
「瑞樹が行けそうだったら思い切って行かないか。俺は行ってみたい」と、返答してくれた。
僕も……行けそうだ。
今の僕なら、きっと大丈夫だと思った。
むしろ、行ってみたかった。
「さてと次は、いよいよショッピングだ。俺も絶対におそろいの服を買うぞ!」
宗吾さんが妙に張り切っているので、芽生くんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「えぇ~パパとおそろいなんて、ちょっとはずかしいよ」
「息子よ、寂しいこと言うな。瑞樹とのお揃いは喜ぶのに」
「へへへ。それはおにいちゃんだもん!」
「コイツっ!」
「えへへ。えっとパパとおにいちゃんといっしょがいいな。それをきて、夏休みにりょこうにいきたいな~」
「いいな。それ!」
三人で笑いながらレストランを出て、エレベーターホールに向かった。
ここからだ。
「あっ、あの……エレベーターでなくて、あそこの螺旋階段を使って、ロビーに降りてもいいですか」
「うん? あぁそうか……あそこなのか。もちろん、いいよ」
レストランはホテルの2階にあり、そこから赤い絨毯が敷き詰められた螺旋階段を降りると、直接ロビーに行けるようになっていた。
階段の中間は踊り場となっており、そこで一馬と花嫁さんが仲良く並んで写真を撮っていた。
よく覚えているよ……確かに、ここだったね。
僕は、ロビーの……あの太い柱の陰に隠れていた。
よく磨かれた大理石に映る影にすら気を配り、そっと気配を消して佇んでいた。
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