幸せな復讐 27

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幸せな復讐 27

「瑞樹!」 「お兄ちゃん!」  今の僕には、明るい笑顔で呼んでくれる人がいる。  それが嬉しくて走り出したら、坂道なのに身体がふわっと軽く感じた。    一気に駆け上がり、愛おしい人の元に駆け込むと、宗吾さんと芽生くんの立っている場所に朝日が溜まり、光の輪のようになっていた。  手を伸ばしてくれる。  手招いてくれる。  ここにおいで。ここが僕の場所だと、ちゃんと居場所を空けてくれている。  3人で輪になると、心が満ちた! 「お帰り、瑞樹」 「おかえりなさい」 「ハァハァ……」 「そんなに急がなくても、俺たちは、ここにいるぞ」 「はい!」  顔をあげると、大好きな人たちの笑顔が見えた。  こんな暖かい日溜まりのような日々を、ずっと待っていた。 今の僕には、僕の帰りを待ってくれる人がいる。  もう……寂しくない! 「さぁ、朝食に行くか。なんだか腹が空かないか」 「確かに空きました」 「ボクもーペコペコ。じゃあ、ボクたち『ペコペコぐんだん』だね」 「くすっ」  僕たちは3人で手を繋いで、坂道を降りた。  広大な敷地の割に少ない部屋数なので、すれ違う人もおらず、のびのびとした気持ちになった。ここに来て良かった。ここできちんと向き合って話せてよかった。  心からそう思った。 「あの……宗吾さん……さっきの……もしかして見ていてくれましたか」 「あぁ、ちょうど露天風呂から出てきた所でな。瑞樹……綺麗に羽ばたいたな。見ていて……俺も清々しい気分になれた」 「良かった。見ていて欲しかったです」 「あの日の……あの北国で見た飛び立つ鳥みたいだなって見惚れていたよ。飛んだ鳥は、ちゃんと俺の所に戻って来てくれた。お疲れさん。もう全部……丸ごと俺の瑞樹だな」 「はい、そうです」  宗吾さんの言葉が嬉しかった。  昨日深く抱いてもらい、僕は1 mmも揺らがず……前に進む勇気が持てた。  あそこまで爽やかに、一馬の幸せを願えた。 「あとは楽しく過ごそうな」 「そうですね」  ****  瑞樹に『バイバイ』とすると、瑞樹もニコッと微笑んで『バイバイ』と手を振ってくれた。  あぁ、これが妻の言っていたことだ。こんな関係になりたかった。  瑞樹特有の優しい控えめな笑顔を、また見られた。  俺はここまでだ。後はどうか、よろしくお願いします。 『宗吾さん』と『芽生くん』 もうとっくに瑞樹を詳しく知っていると思うし、俺よりもっと深く瑞樹を全方向から包んでくれている。だから……何も言うことはないけれども――  笑顔が可愛い奴なのです。  どうか、沢山笑わせてあげて下さい。  そう心の中で、願わずにはいられなかった。  振り返らない。  俺は、俺の『幸せな存在』を愛おしんでいく。  さぁ、俺の場所に戻ろう。 「ただいま!」 「お帰りなさい。お風呂、間に合った?」 「いや、先にお客様が来ていたが、なんとか」 「あー、そうだったのね。ごめんね。寝坊して」 「いや、君のせいじゃないよ。大丈夫だよ。春斗は?」 「まだ眠ってるわ。今のうちに私達も朝食を食べちゃおう!」  妻はもう綺麗に化粧して、エプロン姿で台所に立っていた。  昼食や夕食は時間がなく旅館のまかないで済ます事も多いが、朝だけはと、早起きして手調理を食べさせてくれるのだ。 「やっぱり朝食は大事よね。あなたは大柄だから、1日身体を動かすのにパワーがいるでしょ」 「はは、昨日ちょっと使いすぎたから助かるよ」 「んふ……あら、目が少し充血しているみたい」 「……」    さっき泣いたからだ。とは素直に言えなかった。かといって……嘘もつきたくない。    もしかしたら勘の鋭い妻は、結婚式で見かけた瑞樹を覚えていたし……何かを感じているのかもしれない。  その上で……静かに、見守ってくれているのかもしれないと……ふと思った。   「あのね、そういえばテレビでこの前特集していたけど、涙を流すっていいことらしいわ。心に溜まっていたことを外に出してストレスを軽くするそうよ」 「そうなのか。じゃあ……とてもすっきりしたよ」 「ん……いいことがあったみたい」 「どうしてそう思う?」 「ふふ、カズくんが私を見つめる目が熱いから」 「あ……はは。君って人は参ったな。一緒に過ごせば過ごす程、ますます好きになる。俺を全方向から支えてくれてありがとう」  心からの気持ちを届けると、妻が突然泣いた。   「うっ……」 「え、どうして泣くんだ」 「幸せだからかな……嬉し涙よ! カズくんがここにいてくれてよかったなって、こんなに優しくて温かくて、私と一緒に歩んでくれる旦那さんいないわ。カズくん、大好き」 「あ、ありがとう」  自然な流れで……朝のキスをした。  味噌汁、白米……美味しそうな卵焼きの……少し焦げた匂い? 「あぁ~どうしよう。お喋りしていたら卵焼き、焦しちゃった」 「大丈夫、食うよ。こんがり美味しそうじゃないか」 「そうだよね! 少し位失敗したって大丈夫よ!」 「……頻度が高いけどな」 「あー言ったわね! カズくんがいつもこのタイミングでするからよ」 「俺のせい? ははっ!」 「ふふっ、嬉しいけど」  前向きな妻が明るく笑えば、俺も大きく笑う。  俺が大切に守っていく笑顔が、溢れる朝だった。  
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