幸せな復讐 37

1/1
前へ
/1917ページ
次へ

幸せな復讐 37

「わぁ……これは素敵なお土産物やさんですね」 「だろ? ここならいい物が見つかりそうだろう」 「はい! あ、あの……」 「なんだ?」  2階の喫茶店でホットコーヒーと冬の由布岳の見立てた白いチーズケーキを食べた後は、1階の土産物売り場に移動した。旅館の食品や調味料の他に、竹細工や焼き物、木工品など、大分の名産品を取り揃えていた。どれもこの旅館のオリジナルなので、ここでしか買えないものだ。  瑞樹はきっと、こういう物が好きだろう。  今までの俺なら……旅は自分が楽しむのが最優先事項で、後は関係ないと、空港で適当にありきたりのお菓子を見繕ってパパッと買っていた。  「あの……少し選ぶのに時間がかかりそうなんです。素敵な物が多いので迷ってしまいます。いいですか」 「あぁ、もちろんいいよ。まだ時間はあるから、じっくり選べ。っていうか、俺も一緒に選んでもいいか」 「もちろんです! 嬉しいです」  あぁ……またそんなに柔らかく優しく……嬉しそうに笑ってくれるのだな。  君の笑顔はどうしてそんなに可憐なのだろう?  花が咲くように綺麗に笑う顔が見たくて溜まらないよ。 「じゃあ一緒に選ぶぞ」 「ボクもお手伝いする!」 「みんなで選ぼうね」 「はーい!」  贈る相手のことを考える、相手が喜ぶ顔を思い浮かべる。  どれも瑞樹と出会う前の俺には欠けていたことだ。君と過ごすうち気付けたことだ。  自分をふって置き去りにした男すら大切にする……相手の幸せを願う。  そんな生き方があるなんて、知らなかったよ。  心が豊かになるんだ、君と過ごすと……。  こんな俺でも、心の動きに繊細に、敏感になってくるよ。  もちろん俺が引っ張る時は引っ張るが、俺もこういう繊細な時間は、瑞樹の速度に委ねたくなる。 「じゃあ、まずは宗吾さんのお母さんには……」  店内をキョロキョロと目を輝かせて回る様子が可愛くて、俺と芽生はくっついて歩いた。  そうそう……俺も芽生も、瑞樹のファンだ! 君はいつもひたむきで他人に優し過ぎる程だから、瑞樹自身の幸せを応援したくなるよ。 「あ、これはどうでしょう?」 「へぇ、柚子胡椒か。大分は柚子の産地だから名物だな。この旅館のオリジナルで美味しそうだ」 「お母さんの作る和食は優しい味ですが、どこかピリッとアクセントもあって……だから役立つかなと」 「瑞樹、嬉しいよ。母さんの料理の特徴も掴んでくれて」 「あ……はい」  優しい栗色の髪を子供みたいに撫でてやると、擽ったそうな顔を浮かべていた。 「あ……これは、美智さんのところに、どうでしょう?」 「栗蒸し羊羹か。よく覚えていたな、兄貴の好物」 「美智さんも安定期ですし、美味しいものをゆっくりご夫婦で」 「なるほど。それはいいな。赤ん坊が生まれたら、暫くそんな時間をもてないだろうしな」 「あ、じゃあこのカフェインレスのコーヒーもつけませんか」 「セットだな」 「はい」  セットもいいな。まったく別物だが一緒に食べるとしっくりくる物。一緒に並べるとしっくりくる物。そうか、俺と瑞樹もそれを言うなら、セットだな。 「瑞樹、同じセットをうちと函館の広樹にもどうだ?」 「あ! いいですね。みんなおそろいですね」  おそろいと口に出して、瑞樹は本当に嬉しそうな明るい表情になった。 「一緒って、いいですね! 宗吾さん」 「あぁ」  また一緒に店内を歩いた。 「芽生くん、潤には何がいいと思う?」 「わぁ……ボクも一緒にえらんでいいの?」 「もちろんだよ。ふたりで選ぼうか」  瑞樹の優しさは、いつも寂しい心に届く。  それは瑞樹自身が寂しさを知っているから。  芽生は更に優しい子になる……それはもうお墨付きだ! 「うれしいよ! えっとね、えっとね。これは!」 「手ぬぐいだね」  藍色のグラデーションの手ぬぐいには、雪の結晶の模様が入っていた。 「ジュンくん、こういうの、お庭でしそう」 「確かに! 雪の結晶の柄なんて珍しいし、これにしよう」 「えへへ」  芽生の提案が採用されてご機嫌だ。流石、俺の息子よ。センスがいいぞ! 「宗吾さん、あの……函館の母には何がいいでしょうか」 「お? 俺も選ぶのか」 「はい! 一緒に考えてください」  責任重大だな。しかしここは気張らずに心の赴くままに選ぼう。そこで目に入ったのが、高い棚の上にあった繊細な竹細工で出来た一輪挿しだった。瑞樹の視界からは見えなかったかもな。 「瑞樹、これはどうだ?」 「あ……素敵です! お母さん、花を生ける暇もなかったけれども、今はみっちゃんも来てくれて、ゆとりが出来たから」 「そうそう、花一輪でいいし、気軽に始められそうだろ」 「そうですね。これにします。素敵ですね」  はぁ~癒やされる。君との会話って、どうしてこんなに優しいのだろう?  どこまでも、いい気分になるよ。  君は、相変わらず居心地の良い人だ。 「瑞樹にも何か買ってやるよ」 「あ……僕は旅の思い出がいっぱいで、これ以上は持ちきれませんよ」 「ん? 何でもいいぞ。リクエストをしてくれ」 「あの……じゃあ」  少し言い難そうに瑞樹が漏らした言葉は、意外なものだった。 「あの……またいつか、ここにも来てもいいですか。季節を変えて」 「もちろんだ」 「あの……ありがとうございます!」  『幸せな復讐』は、もう終わった。   あとは君の自由だ。   心の赴くままに生きていけばいい。 「さてと、そろそろ時間だな。宿に洗濯物を取りに行くか」 「はい。もう旅も終わりですね」 「タクシーに乗るか」 「いえ、自分の足で歩いていいですか」 「もちろん!」  きっと昨日とは違う景色が見えるだろう!
/1917ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8000人が本棚に入れています
本棚に追加