その後の三人『家へ帰ろう』4

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その後の三人『家へ帰ろう』4

「おっと、そろそろ時間だな。行くか」 「はい。芽生くん、タオルで足を拭こうね」 「うん!」  足湯って侮れないな。  昨夜を思い出し、火照ってしまった身体はポカポカになっていた。  芽生くんの足を拭き終わると、宗吾さんに呼ばれた。 「瑞樹もちゃんと拭け」 「あ、はい……あ、あの、自分で拭けます」  タオルを持った宗吾さんの手が触れると、身体が過敏に反応してしまった。 「お詫びだよ。あのさ、そこ……悪かったな」 「い、いえ」  僕……どうしたのかな?   2年前……宗吾さんと会った頃みたいに、ドキドキして止まらない。少し触れるだけでも、胸を高鳴らせてしまう。 「ふっ、そんな顔をすんなよ。君と出逢った頃を思い出すよ」 「あ……僕もです。今、同じことを思っていました」 「俺たちさ、これからも……こんな風に初心を忘れずにいこうな」 「はい、僕もそう思います」 『幸せな復讐』は終わったが、これからが新しいスタートなんだ。だから、お互いフレッシュな気持ちで満ちていた。  旅もそろそろ終わり……あとは飛行機に乗って、僕たちの家に戻るだけ。  そう思って搭乗手続きをした時だった。  荷物検査を受けていた芽生くんが、 小さな声をあげた。 「あっ!」 「どうしたの?」 「ん……っと、なんでもないよ」  なんでもない? 本当かな。  子供は上手に隠し事が出来ないので、明らかにソワソワし出す様子が心配だよ。 「おっと! 足湯でゆっくりし過ぎた。飛行機に乗り遅れるぞ」 「あ、はい!」 「お兄ちゃん、ボク、だいじょうぶだよ! いこう!」 「本当に?」 「……うん」  芽生くん、やっぱり少し元気がないな。  時計をちらりと確認すると、時間がないと言っても、立ち止まって芽生くんと話す時間は取れそうだ。  僕も勇気を出して、声をあげた。 「宗吾さん! 待って……待って下さい!」 「何してる? ほら急げ急げ!」 「あの、少し芽生くんと話したくて」 「どうかしたのか」 「それを今から聞いてみますね」  宗吾さんもようやく立ち止まってくれたので、明らかにしょんぼりしている芽生くんを椅子に座らせ、僕も目線が合うようにしゃがんだ。  昔……お母さんが、いつもこうやって僕に向き合ってくれた。  僕は幼い頃から、積極的に人前に出たり自分から行動を起こしたり出来ない引っ込み思案な性格だったから。 『みーずき、さぁ話してごらん。怒らないから』 『ほんとうに?』  ~怒らないから正直に話してごらん~とは、母親の常套句だったのかな。でもその言葉をきっかけに、僕は口を開けた。 『ママしかいないから、話してくれるとうれしいなぁ』 『あ、あのね……僕……』  お母さんなら、こんな時、どうしたかな?  過去を振り返って、はたと気付いた。  もしかして? 「芽生くん、何か忘れ物しちゃった?」 「あ! う、うん……ボクどうしよう!」    芽生くんの眼から、突然ぽろぽろと涙が零れだした。  わわ! やっぱり、ちゃんと立ち止まって聞いてみてよかった。 「どうしたのかな。お兄ちゃん、手伝うよ」 「お、お兄ちゃん~ぐすっ」  芽生くんが僕の首に手を回して、ワンワン泣き出した。 「芽生、一体どうした? 男ならハッキリ言えよ!」 「宗悟さん、しーっですよ。まだ時間はありますので、ここは」 「お、おう! 悪い」  こういうときは、急かしたら逆効果だ。 「ぐすっ、あの……あのね」 「うん? どうした?」 「いないの……」 「いない?」 「ひつじの……メイ……が」 「え?」  ぬいぐるみを、旅行に持って来たのは知っていた。宿のお部屋で抱っこしていた。しかし最後にリュックにしまったのは確認した。  部屋でないなら、どこへ? 「落としちゃった?」 「わからない。さっきお荷物けんさのとき、いないなって」 「わ! 大変だ」  メイくんがいつも大事に持ち歩いているぬいぐるみを失くすなんて。  大切なものを失くしてしまうことの、辛をよく知っているから、ギュッと胸が切なくなった。 「どこかでリュックから出したのかな?」 「あ……えっとね」 「芽生、早く思い出せ」 「パパ、ごめんなさい。う、うん」  僕は芽生くんの背中をそっと撫でてやった。   「芽生くん、丁寧に思い出してみよう? ねっ」  「あ! バスの中で……抱っこしたんだ」 「バス? 空港行きの?」 「ううん」 「じゃあ旅館のかな?」 「そう!」  きっとそこだ。  旅館のバスの中なら、見つかるかもしれない。 「宗悟さん、すぐに電話してみましょう」 「あぁ、そうだな。俺がするよ。君は芽生を見ていてくれ」 「すみません」 「パパ、ご、ごめんなさい」 「今度から気をつけろよ!」 「……うん」  芽生くんは、また……しょんぼりと俯いてしまった。    宗悟さんの言い分は尤もだし、時間もないのも分かる。でも雑には扱いたくなかった。   「芽生くん、落とし物や忘れ物って、気をつけていても、しちゃうんだよね。僕だってたまにしちゃうし。それより早く探してあげないとね。羊のメイくんも寂しがっているよ」 「見つかるかな? 今度から気をつける! だって……ひつじさんにさみしいおもいさせたくないもん!」  芽生くんが不安そうに僕を見つめるので、お膝に抱っこしてあげた。 「大丈夫だよ。あの旅館のバスなら、きっと!」 「そうだね! あそこなら『しあわせやさん』がいるから、きっと!」        
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