その後の三人『家へ帰ろう』6

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その後の三人『家へ帰ろう』6

ドタバタと機内に入ると、他の乗客は皆シートベルトをして静かに座っていた。  本当に最後だったようで、ドバッと冷や汗が出たよ。 「瑞樹、ここだ」  三人掛けの席で、良かった。  宗吾さんがすぐに僕たちの荷物を、手際良く棚に上げてくれる。   「芽生くん、窓際に座る?」 「ううん、ボク、まんなかがいい」 「よし、じゃあ瑞樹が窓際に入れ」 「はい」  こういう時、迅速に的確に指示を出してくれるのも心地良い。  座席に座ってシートベルトを締めるとすぐに、飛行機がゆるやかに動き出した。 「わぁ、もう、うごいた」 「芽生くん、おそとが見えるかな?」 「ちゃんと見えるよ。お兄ちゃんもちゃんとバイバイして」 「あ……うん。そうだね」  一馬、ひつじのメイくんを見つけてくれてありがとうな。  おかげで芽生くんも安心出来て、最後まで気持ち良く過ごせたよ。  それにしても宗吾さんも一馬も、すっかりいいお父さんだね。  それぞれの機転と気遣いが、心地よかった。  仕事の関係で1泊しか出来なかったが、本当に良い旅だった。  飛行機が加速して一気にふわっと飛び立った時、僕も鳥になったような気分だった。    また羽ばたく!    今度は(ホーム)へ戻り、家族で羽を休めよう。  シートベルトサインが消えると、静かにしていた芽生くんがモゾモゾし出した。 「芽生くん? おトイレに行こうか」 「う、うん!」 「ごめんね。本当は乗る直前に行こうと思っていのに」 「ううん、ひつじのメイくんのことで大変だったから」 「瑞樹、悪いが頼む。俺の身体では一緒に入るのは大変なんだ」 「くすっ、はい!」  そう言えば……北海道に二人で来てくれた時は珍道中だったようで、芽生くんは下着を濡らしてしまって大変だったな。 「お兄ちゃん、あのね……ひこうきのトイレってボク、ちょっとこわいんだ」 「分かる、扉が難しいよね?」 「そうなの! だからいっしょにはいってね」 「いいよ」  まだまだ幼い芽生くん。こんな風におトイレのお世話が出来るのも、限りあることだ。  だから今はこの一瞬一瞬を大切に。  席に戻ると、宗吾さんが腕組みしながらコクリコクリと眠っていた。うーん、寝かせてあげたいけれども、通路側の席なので……起こさないと通れないな。 「宗吾さん、すみません、通りますね」 「あ……あぁ、悪い。人間、ホッとすると眠くなるもんだな」 「お疲れ様です」  手首をギュッと掴まれたので、ドキッとしてしまった。 「瑞樹、ちゃんと一緒に帰ってくれてありがとうな」 「な、何を言って……当たり前です」 「ははっ、そうだよな。柄にもなく不安になったりと、いろいろ忙しい旅だったよ。でも最後に芽生のぬいぐるみを必死に探してくれたアイツ、かっこ良かったな」 「はい……いいお父さんですね。宗吾さんも二人とも」 「だな!」    次は機内サービスのドリンクを飲みながら、メイくんとおしゃべりタイムだ。 「お兄ちゃん、おやどのおフロ、とってもきもちよかったね」 「そうだね」 「ヒツジのメイくんは、いいな~ 今からおフロかな? ボクもまた入りたいな。あそこのお宿、みんなやさしくてダイスキ! また行きたいね」  また行く?  『幸せな復讐』をし終えたら二度と会わないと思っていた。  だからそんなことは、旅行前には夢にも思わなかったことだよ。  そうか……歩んでみないと分からないことばかりだね、人生は。  僕が勇気を出して踏み出した一歩の意味を知る。  **** 「カズくん、お帰りなさい。見つかった?」 「あぁ、これだ」  泥水に浸かったヒツジを妻の前に見せると、驚かれた。 「わっ、見つかったのは良かったけれども、真っ黒で、しかも濡れていて痛々しいね」 「あぁ、水たまりに浸かってた」 「可哀想に……先にざっと洗っておくから、あとで一緒にお風呂に入ろうか」 「あぁ、そうしよう」  なんだか不思議な気分だな。  瑞樹はもう東京に帰ってしまい、今頃……もう夜空の向こうだ。  なのに、この羊が居残ってくれるなんてな。   その晩……仕事を終え、妻を風呂に誘った。 「一緒に入ろう」 「嬉しいお誘いね。羊くんも連れて行かないと。朝食の時に、あの坊やが大事に抱っこしていたわよね。名前、ついていそうね」 「……ひつじのメイだ」 「まぁ! カズくん、わざわざ聞いたの?」 「はは、延泊のお客様だからな」 「なるほど! じゃあメイくん、よろしくね」    湯船に浸かる前に、ひつじのメイくんを泡立てたスポンジで、もう一度よく洗ってくれた。 「うーん、泥水は落ちたけど、元々の汚れはやっぱり落ちないね」 「きっと赤ん坊の頃から抱っこしていたんだろうな。ほら春斗のお気に入りのワンコみたいに」 「そうね、そんな大切な子なら丁重におもてなししよう! ねー! メイくん」  妻は明るくて楽しい人だ。  こんな状況もノリノリで楽しんでくれる。  俺は、妻とひつじのメイくんと温泉に浸かった。 「ねぇ、カズくん。春斗もあの坊やみたいに、優しく明るくスクスク成長して欲しいね。それから春斗にも兄弟がいるといいな」 「俺も思っていたよ。なぁ、そろそろどうだ?」 「2.3歳差で兄弟を授かれたら嬉しいと思っていたから、いいよ」 「ありがとう。俺の子を産んでくれて」 「え? いやだ。急に……どうしたの?」  自分でも何を言っているのかと、苦笑してしまった。  俺の今は瑞樹との過去を経て成り立っている。  だから瑞樹にも伝えたい。  こんな俺と付き合ってくれて、全てを委ねてくれて、ありがとう。     実らない恋もある。 切なく苦しい別れ――引きずる思い。  今の俺は、もう、その境地は脱していた。  実らなかったが、俺の人生で瑞樹と重ねた時間が、今の俺を形成している。    2年ぶりに彼を見て、気付いたことがあった。  付き合っていた7年間、俺は知らず知らずのうちに沢山のことを、彼から学んでいたのだ。  初々しさ  潤い  かぐわしい香り……  ていねい  いつも、しとやかな男だったな。  物静かで自然の風にそよぐ野の花のようだった。  俺に柔らかい心を芽生えさせてくれて、ありがとう。  瑞樹がくれた優しさの種を、今度は妻と一緒に育てていく。 育てることの大切さを学んだ。
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