その後の三人『さらに……初々しい日々』6

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その後の三人『さらに……初々しい日々』6

「カズくん~ねぇねぇ、ちょっといい?」  チェックアウトのお客様の波が去り、一息ついていると、妻に呼ばれた。 「何?」 「あのね、羊さんの荷物に何かお菓子でも入れようと思うんだけど、何がいいかな?」 「流石、気が利くな」 「うふふ、私、家族連れに弱いのよ。あの坊やとっても可愛かったし」 「はは、そうだったな。また……リピートしてくれるといいな」   俺は、売店でいつも扱っている若木旅館オリジナルのかるかんの箱を手に取った。  長芋かるかんは素材の持ち味を生かし、ふんわり柔らかく蒸したもので、まろやかな甘さは、瑞樹の好むものだった。 「これが、いいんじゃないか」 「あ、そうよね。旅館の名物だものね。私もこれ大好き! じゃあ羊さんのチェックアウトお願いします。宿泊費は……カズくんにつけておくわね」    妻が真面目な顔で言うので、フッと笑ってしまった。   「ありがとうな」 「え?」 「昨夜……良かったよ」 「も、もうカズくんってば、恥ずかしいことをいきなり言わないでよ」 「ははっ、じゃあ……君が発送を頼む」 「住所は、えっと宿泊者名簿を見ればいいわね」 「あぁ、今、持ってくる」    まだ少し変な感じだな、瑞樹宛の荷物を、妻が作るなんて。  しかしこれが俺たちの新しいスタイルだと思うと、清々しくなる。    こうと決めたら進むのみだ。真っ直ぐに……躊躇わずに。 「ふぅん……東京かぁ」 「懐かしい? 君だって大学と就職は向こうだったし」 「そうねぇ……でも、もう充分堪能したかな。故郷に帰ってきて良かった」 「そうだな。俺も同じだよ。よーし、今日も頑張ろう!」 「うん!」  一緒に風呂にも入った羊のぬいぐるみは、妻が丁寧にドライヤーをかけてくれたので、空に浮かぶ白い雲のように、ふわふわになっていた。  さぁ羊くん、瑞樹の元へ帰れ。元気でな。  **** 「おばあちゃん、おしえて」 「なあに?」 「どうして今日はお兄ちゃんとパパにおべんとをつくったの? もう大人なのに」 「あらあら、大人になったからといってお弁当を持っていったらいけないなんて決まりはないのよ」  芽生の素朴な疑問が可愛らしかった。 「ふーん、そうなんだね。よかった。大人になると、いろいろたのしみがへっちゃうってシンパイしてたんだ」 「芽生もお弁当が好き?  あの宗吾がよく二年間も作り続けたわね」 「えっとねぇ、お兄ちゃんが来てからすごくなったんだよ。パパがおかずをつくって、お兄ちゃんがつめてくれたよ。あのねあのね、お兄ちゃんのかざりつけ、すごかったよ」 「まぁ、どんな風に?」 「えっとね、ノリがお花のかたちなの。夜、いっしょに図鑑を見るんだよ」 「ふふっ、すてきね。瑞樹くんらしいわ」    芽生が一生懸命にお話ししてくれるのも嬉しくて、こんな和やかな時間を持てることに感謝した。そしてこの歳になって新しい息子が出来たのも、やっぱり嬉しいわ。  旅行疲れを癒やしてあげたくて、久しぶりにお弁当作りを思い立ったの。お弁当箱は憲吾と宗吾が高校の時に使っていたアルミのだったけれども、大丈夫かしら。  幼稚園から高校までお弁当作りをしてきた日々を思い出しながら、朝からいろいろ作ってしまったわ。何を食べても美味しそうに喜んでくれる瑞樹くんだから、作り甲斐もあって、楽しかったわ。  唐揚げに肉じゃが、卵焼き……今風なものは作れないけれども、息子たちの好物を詰めたの。どうかお口に合いますように。  **** 「葉山先輩~ おはようございます」 「あぁ金森、おはよう」 「あれあれ? 何を大事そうに持っているんですかぁ~」 「……何でもない」  五月蠅いのに見つかった。本当に申し訳ないけれども、このお弁当について金森に説明する気はしなかった。 「おらおら金森ぃ~! 無駄口叩く暇あるなら、さっさと準備しろよ」 「うげっ! 菅野先輩は人使いが荒すぎますよ」 「何言ってんだ? もうすぐ新入社員が入ってくるんだ。お前も先輩になる。さぁもっともっと働け~」    クスッ、菅野ありがとう。  それにしてもお昼休みが楽しみだな。中身が何か想像するだけでワクワクするものなんだね。  昨日まで旅行で外食続きだったこともあり、家庭の味が恋しかった。いつもはランチは菅野と外に食べに行くことが多いが、今日はここで食べよう。  待ちに待った昼休み、ドキドキしながらお弁当の包みを開けた。  わぁ、アルミのお弁当箱だ。すごい年季が入っている!  これって、もしかして宗吾さんの使ったものなのかな? そう思うだけでドキドキした。高校時代の宗吾さんって格好良かっただろうな。あぁ僕、どれだけ宗吾さんが好きなのか。  思わずひとり微笑んでしまった。  すると女性社員に冷やかされた。 「葉山くんが珍しいわね。お弁当なんて」 「あ……はい」 「彼女さんの愛妻弁当かな~? いいわね」 「あ、いえ、これは母が作ってくれたものです」  こう答えて、密かにドキドキしてしまう。いいのかな……この返答で? 宗吾さんのお母さんは、僕の三人目のお母さんだから間違いではない。   「いいなぁ、私もまた母に頼もうかな。やっぱり美味しいよね、手作りって」 「はい!」 「葉山くん、いい笑顔! こんな息子を持ったらお母さんは幸せね! ごゆっくり」  先輩が去ってから、そっと蓋を開けてみた。そこには、とても美味しそうな唐揚げに肉じゃが、そして大好物の卵焼きが綺麗に並んでいた。 「すごい! 全部手作りなんだ……本当に美味しそう」  思わずゴックンと喉が鳴る。僕は宗吾さんと付き合いだしてから、食にも貪欲になったようだ。こんなに食欲が湧くなんてあり得なかった。  今の僕は『生きる力に溢れている』のだと、実感した。 「では、いただきます!」  小さく声に出して……箸を手に持った。    
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