ゆめの国 12

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ゆめの国 12

「バッチリ撮れていますね。『ゆめの国』の『海』には、家族3人で初めて来たので……勝手が分からなくて助かりましたよ」 「わぁ! 初めてですか。じゃあお父さん、初めてシールを記念に貰って下さいね」 「え? そんなシールがあるんですか。知らなかったな」  宗吾さんが調査不足を悔やむ顔をした。  いやいや、もう充分調べまくっていますって! 「それって、大人でも?」 「えぇ、大人になってから初めていらっしゃる人もいますものね」 「欲しい! 俺もシール欲しかったんだ。どこでもらえますか」 「あ、地図でいうと、ここかここになります」 「ありがとう! 恩に着るよ」 「はい! 引き続きよい時間をお過ごしください」  宗吾さんの目がキラーンと輝いていた。 「瑞樹、ちょっと貰ってきてもいいか。実は俺だけシールがなかったの寂しくてな」 「くすっ。もちろん、いいですよ」 「じゃあ急いで行ってくるから、瑞樹と芽生はこのベンチに座っていてくれ」 「はい、分かりました」  こういう時の宗吾さんは止められない。爆走するのみだ。  すごい勢いで消えてしまった。 「パパってば~」 「宗吾さんだけシールなかったの寂しかったんだね」 「うんうん、パパはお兄ちゃんが大好きだから、なんでもいっしょがいいんだね」 「え! えっと」  うわぁ……照れるなぁ。まだ6歳の子にそんな風に言われると。でも芽生くんの素直な言葉が、僕はいつも嬉しいんだよ。ありがとうね。  もっともっと芽生くんのように素直に喜んで、幸せに歩み寄っていきたい。  ベンチで座っていると、何故か通りすがりの人にちらちら見られて恥ずかしくなった。 「お兄ちゃん、はずかしいの?」 「う……うん」 「じゃあ手をつないであげるよ」 「うん?」  手を差し出すと芽生くんがギュッと握り、僕の顔を見つめてニコっと笑ってくれた。 「今日のお兄ちゃんは瑞樹パパだよ~」 『きゃ、可愛い親子発見! ぬいぐるみもってキュート‼』 『絵になる親子だね』  そんな声が聞こえてきたので、ドキドキしてしまった。  そんな中、芽生くんは満足そうにお喋りを続けた。 「『ゆめの国』ってすごいね! ボクたちのこと、ぜーんぶ分かっちゃうなんて! もしかしたら、みーんな、魔法がつかえるのかもしれないよ! みずきパパって言ってくれて、うれしかったね」     芽生くんは興奮した様子だった。    瑞樹パパか。  さっきのスタッフさん、すごいな。瞬時に僕の左手薬指の指輪を見て判断してくれた。更に僕が女性になるのを望んでいないことまで気付いてくれて、本当に嬉しい。 『ゆめの国』のスタッフさんって、すごい。ゲストの夢を壊さないように努力されている。深い洞察力と寄り添う心を持って……それはスタッフさん自信が、心から仕事を楽しんでいるから出来ることだ。 「おーい、待たせたな」  颯爽と現れた宗吾さんに、僕の心は浮き立った。  健康的で逞しい姿に、僕を抱く姿を重ねてしまい、慌てて首を横に振った。  もう、僕――近頃少し変だ! 「お疲れさまです。ちゃんと、もらえましたか」 「あぁ、ほら見てくれよ」  宗吾さんの胸元には『はじめて来ました!』シールがキラキラと輝いていた。  もう、子供みたいに笑って――憎めない人だ。 「よかったですね。これでみんな一緒です」 「ねー、パパ、ボクお昼ごはん食べて元気いっぱいだよ。何かのりものにのりたいな」 「よーし、この先に『海底探検号』があるぞ、いくか」 「こわい? パパ、それ、こわい?」 「どうだろ? こわくても瑞樹パパとお父さんがいるから、大丈夫だろ」  宗吾さんが『瑞樹パパ』と、堂々と口にしてくれる。それがまた嬉しくて溜まらない。 『海底探検号』は案内板によると、小さな潜水艦型の乗り物で、深い海底を探索すようだ。これは身長制限もないし大丈夫かな?   「よーし、出発だ」 潜水艦型の乗り物は僕たちで貸し切りで、小さな椅子に座るとすぐにゴボゴボという水音が聞こえた。  窓の外を見ると、本当に水の中に沈んでいるようなリアルな様子だった。  やがて海底風景が広がる。 「わぁぁ、本当に海の中だ~!」  芽生くんがワクワクした表情で窓にぴたっと張り付いた。  最初は綺麗な魚や珊瑚が見えたので楽しく眺めていたが、海底に近づくと、辺りが真っ暗になってしまった。  時折、稲妻と共に、大きなイカが潜水艦を追ってくるのが分かり、芽生くんが小さな悲鳴を上げた。 「お、おにいちゃん~」  芽生くんが手を泳がして僕を探したので、すぐにつないであげた。   「ここにいるよ」 「お兄ちゃん~こわいよぉ。大きなイカさんにつかまりそうだよ~」  芽生くんがギュッと目を瞑って僕に縋ってくると、その横で宗吾さんが少し寂しそうな顔をしたのが見えた。    途端に、宗吾さんの胸元に、僕が飛び込みたい衝動に駆られた。  突然、宗吾さんに甘えたくなったのだ。  ここには僕たちしかいないし、いいですよね? 「わぁ! 芽生くん、イカだよ~ 函館でもあんな大きなの見たことないよ! こ、怖いよ!」   大袈裟に怖がると、宗吾さんが嬉しそうに僕を抱きしめてくれた。 「大丈夫さ! 俺がいるだろ」  少々お芝居がかっていたけれど、芽生くんは大興奮。 「パパとお兄ちゃんがいるから、大丈夫なんだね」 「そうだよ。芽生くんは、ひとりじゃないよ」  僕たちは支え合う。  見守りあって生きていく。  この先もずっとずっとね。 あとがき(不要な方はスルーです) ****  連日『ゆめの国』でのお話しです。  こちらは物語的に大きな展開はなく、同じことの繰り返しになっているかもしれません。こんなご時世で外出もままならないので、私自身の癒やしも込めて書いています。  読者さまも一緒に『ゆめの国』をまわっている気分で、宗吾さんと瑞樹、芽生と一緒に楽しんで下さったら嬉しいです。
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