ゆめの国 14

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ゆめの国 14

 人魚姫をテーマにしたエリアは、海の上と中の二カ所に分かれていた。 「よし、まずは、海の中に行くか」 「わーい、また海底にもぐるんだね!」  海の中を模したエリアは少し薄暗くなっており、その分カラフルな遊具が鮮やかに浮き上がって幻想的な空間だった。 「わぁぁ、キレイー!」    芽生くんが嬉しそうにピョンピョン跳ねている。一緒にポッフィーもジャンプして、ご機嫌そうに見えるよ。   「あれ? ベビーカーがいっぱいおいてあるね」 「そうだね。ここは小さい子も安全に遊べるみたいだよ」 「じゃあ、あーちゃんにいいね。えっと、ちょっとまってね」  芽生くんは通路脇のベンチのようなくぼみに腰掛けて、鞄の中からスケッチブックを取りだした。 「どうしたの? お絵描きをするの?」 「ううん、おじさんに伝えることがいっぱいあって……おぼえきれなくなったから書いておくよ」 「なるほど、いいアイデアだね」  芽生くんが拙い平仮名で、彩芽ちゃんと来る日を夢見てメモを書く姿に、心が和んだ。 『にんぎょひめのところは、あーちゃんにぴったり』 「でーきた!」  芽生くんだって、まだ一年生なのに……誰かが喜ぶ顔を見たくて行動できるのって、凄いな。 「これをおじさんとおばさんにわたしたら、どうかなぁ?」 「すごくいいね! すごく喜ばれるよ。あのね、お兄ちゃん、さっきから芽生くんに感動してるよ」 「えへへ。今日のボクはごきげんなんだ。だからみんなにもニコニコしてほしいの。ほら、お兄ちゃんが前に話してくれた『お……ふ』んんっと、なんだっけ?」 「あぁ『お福分け』のことだね」 「そう!」 「なんか、その言葉すきー!」  書き終えた芽生くんは、そのまま僕にふわりと飛びついてきた。    「わっ!」 「えへっ、お兄ちゃん、だっこして~」  あれ? さっきまであーちゃんのお兄さんモードだったのに、急に甘えたくなったのかな?  あ……もしかして……昼食の時、隣のテーブルに座っていた芽生くん位の男の子が、ぐずってママに抱っこされたのを見たせいかな?  うん、いいよ。沢山甘えて、スクスク大きくおなり。 「宗吾さん、すみませんが僕の荷物を持ってもらえますか」 「了解。くまちゃん~ さぁさぁ、おじさんのところへおいで」 「パパ! ブーブー! それじゃあ、オオカミさんみたいだよぉ!」 「そうですよ。食べちゃいそうでこわいです」  芽生くんとふざけて文句を言うと、宗吾さんがニヤリと笑った。  うわっ、その笑み……嫌な予感しかしないですよ。  すぐに……耳元でさっきのお返しとばかりに囁かれてしまった。 「俺が食べるのは瑞樹だけだ」  も、もうこの人は……困った人だ。 「パパ、今なんていったの? お兄ちゃんをあんまりいじめちゃダメだよ~」 「いじめてなんかないさ。可愛がっているのさ! な、瑞樹」 「も、もう知りませんっ!」  ここは薄暗くて僕の頬が赤くなってもバレないからって、宗吾さんは意地悪だな。 「芽生くん、何に乗ろうか」 「あれに乗ってみたい」  それは、よく遊園地にあるコーヒーカップの乗り物で、海の中らしく貝殻に見立てていた。 「えぇ‼ あれにパパも乗るのか」 「宗吾さん? あの、大丈夫です?」 「パパはムリしなくてもいいよ」 「いや、パパも乗るよ……うーでも、あんまり回転しないといいが」 「もしかして苦手ですか」 「まぁな」 「くすっ、大丈夫ですよ」  ところが勝手に気まぐれに、ぐるぐる、ぐるぐるし出すので、僕も目が回ってしまった。 「わぁぁあぁ~ 目が~」 「あぁ……っ」(まずい! また変な声出してしまった。宗吾さんをチラッと見ると、それどころでないようで目が死んでいた)  降りる時には、宗吾さんも僕もよろよろして、芽生くんだけが元気だった。 「やばい、俺たちの老後を見るようだ」 「くすっ」  こんなひと言にも、この先……僕とずっと一緒にいてくれるのだと嬉しくなる。 「次はあれ!」  またもやくるくる回転する円盤コースターを指さされ、宗吾さんと顔を見合わせてしまった。 「いやいやいや、芽生~ ほらあっちにお魚が泳いでいるぞ、行って見るか」 「お魚? 行く!」  海底を模した床に海の生物が映像で映し出され、しかもあちこちに動くので、小さな子供が魚を追いかけて楽しそうに遊んでいるスポットだった。 「あそこなら安心だろ? 俺たちはあそこのベンチで見守ろう」 「はい!」  芽生くんは、魚の映像に夢中になって無邪気に走り回っている。 「まって~ イカさん! まって~ クラゲさん!」 「ふふっ、可愛いですね」 「芽生だけじゃない。瑞樹もヤバイくらい可愛いよ」  ベンチに座ると、宗吾さんが身体をグッと寄せてきた。そして僕の手に手を重ねた。そのまま僕の左手薬指の指輪を撫でてくれる。ここは薄暗いので、大胆なことをしても、大丈夫そうだ。 「今日の君、すごく無邪気な顔で溜まらないよ。楽しんでるか」 「はい、とても」 「よかった」  手をキュッと握られると、心もキュッと掴まれ、ドキドキしてしまうよ。 「あ……あの、こんな休日もいいですね」 「あぁ、家族揃って笑顔でいられるだけで幸せだな」 「そう思います。僕……こんな日にずっと憧れていました。好きな人と暮らして、好きな人の子供を愛おしんで、家族皆でお出かけする。最高です」 「嬉しいよ。俺の方こそ、ありがとう。君と出会ってから毎日が待ち遠しい」  泳ぐ魚と波の音。  まるで、本当に海の底にいるみたいだ。 「瑞樹、海って人生と似ているよな」 「はい……」 「広くて大きくて深くて……時には酷く荒れるが、やがて凪いでいく」 「はい、そうですね」 「この先、何があってもさ、俺は瑞樹がいれば大丈夫って思えるんだ。瑞樹がいてくれたら怖くないんだ」  宗吾さんの言葉は力強い。やっぱり今日も僕をグイグイと持ち上げてくれる。 「それは……僕の台詞ですよ。宗吾さんと出逢ってから、人生を怖がらないで、身を任せてみようって思えるようになりました」  本心だ。  先が見えないことが怖かった臆病な僕はもういない。  海はどんなに荒れても、必ずまた凪いでいくから。  それを宗吾さんに教えてもらっている。  僕たちの胸には、お揃いの丸いシールが仲良く並んでいた。 「宗吾さん、家族って、いいですね」 あとがき(不要な方はスルー) **** 今日も彼らはのんびりパークで遊んでいますね💕 何も起こらない平和な一時です。 彼らの胸にキラキラ輝くお揃いのシール、コラージュで作ってみました。 エッセイに置いてあります。https://estar.jp/novels/25768518/viewer?page=234  
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