ゆめの国 16

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ゆめの国 16

「憲吾さん、上手! 上手! あっという間に手際良くなったのね」 「そ、そうか」 「えぇ、とっても頼りになるわ」  美智に褒められて満更でもない気持ちが満ちて、嬉しさを隠すのに大変だった。 「コホン……」 「まぁ、憲吾ったら……嬉しい時は笑っていいのよ。もう堪えなくていいの」 「母さん!」 「赤ちゃんは喜怒哀楽はっきりしているでしょう。彩芽ちゃんをあなたも見習って」 「え……?」  まったく母さんは、物の例えがユニークだ。    この私が新生児の彩芽みたいに、泣いて笑って?  でも……彩芽が笑えば、私もとびきりの笑顔で返したい気持ちはある。  大いにある! 「そうですね。彩芽を見習います」 「くすっ、もう……そんなに真面目に答えて。単純な話よ。ただ素直な気持ちでいれば、自然に笑みが零れるものよ」  隣にいた美智も同調する。   「そうよ、憲吾さん。最初……裁判官を突然辞めると言い出した時は心配したけれども、憲吾さんがますます柔らかくなって、嬉しい。本当に時間を作って、私と一緒に子育てしてくれるのね」 「あぁ、そうだ。確かに私の人生は大きく方向転換したが、これは私が決めた道だ」  少し前には、考えられない展開だ。  私は私の人生が面白くなってきた所だ。  それに私の変化は、美智の心も解したようだ。  私から申し出る前に……まさか母と同居したいと言ってくれるなんて驚いたぞ。  美智の実家にも話をつけてくれて、トントン拍子に決まったことに感謝をしたい。美智の両親は美智の兄家族と同居していて、近くには美智の姉家族もいるので、問題ないようだ。それに遠方に住んでいるので、お産もこっちに任せきりだった。  私の父が亡くなり母ひとりで広い家に暮らしているのも心配だったが、母が病に倒れてからもっと心配になった。思い切って私から言い出そうか迷っている最中だった。  美智はフットワークが軽いようで、よかれと思った道には、迷いなく進む。  そういう所は、宗吾に似ているな。  美智と過ごしていると、宗吾とももっともっと仲良くしたくなる。もちろん瑞樹と芽生とも。 「お母さん、いよいよ退院したら同居ですね。どうぞよろしくお願いします」 「美智さん、こちらこそよろしくね。宗吾や瑞樹と芽生も出入りするから賑やかになるかもだけど、いいかしら?」 「もちろんです! 宗吾さん家族、大好きです!」  あぁ……美智のこんな所も好きだ。 「母さん、私の美智は本当に素晴らしいでしょう」 「え! やだ、憲吾さん~ お母さんの前で惚気るなんて」 「え? その……つい」  母さんは目を丸くした後、朗らかに微笑んでくれた。 「本当に素晴らしいわ。憲吾をここまで変えた美智さんに天晴れよ!」  空は五月晴れ。  私も自分に天晴れだ!  彩芽のためにも誇れる自分でいたいのだ。  **** 「いい天気だから、水飛沫も気持ち良さそうですね」 「あぁ、ほら君は奥に座って」 「はい」 「芽生は瑞樹の隣だぞ」 「はーい!」 『マリンピア』の遊具に、俺達は乗り込んだ。  丸い浮き輪のような船が、ザブーンっと波に乗り、水上を動き出す。  すぐ傍に本物の海があるので、一体感が半端ない。 「わぁ~ ゆれるよぉ」 「芽生くん、ここに掴まって」 「うん!」  迷路のようなコースをどこに進むのか分からないので、スリルがあって面白い! 「あ、芽生くん、滝だよ」 「わぁぁ、びしょ濡れになっちゃうよ~」 「わー!」  滝が流れ落ちるギリギリの場所を通り抜けると、水飛沫が飛び交い、瑞樹の明るい栗色の地毛に水滴が付いた。 「綺麗だな」 「え?」 「瑞々しくて綺麗だよ」 「も、もう――」  ボートには三人しかいないのだ。これ位いいだろう?  そうウィンクすると、瑞樹は耳朶を染める。  慎ましく控えめな君をもっともっと楽しませたい。笑わせたい。そして俺達の息子の笑顔ももっと見たいな。 「はぁ~パパ、スリル満点だったね」 「あぁ!」 「あ、芽生くん、まだ濡れているよ。おいで、拭いてあげる」 「うん! お兄ちゃんもふきふき」  芽生と瑞樹がタオルで身体を拭き合っている。 「大変、パパもこっちのおそでがびしょびしょ」 「わ、宗吾さん大丈夫ですか」 今度は二人がかりで俺を拭いてくれる。  とても和やかな時間だ。  『ゆめの国』は慌ただしい日常や喧噪から離れられるので、親しい人のことをずーっと見ていられるのだな。  瑞樹がいかにきめ細やかな男なのか。  芽生がいかに瑞樹を慕っているか。  そして俺がどんなに瑞樹を溺愛しているのか。  全部手に取るように分かって、しあわせだ!  
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