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本編●1●
1
ノスタルジックな射撃場だった。
こんな場末、初めて来たけど。
きっと「大男」しか来ないんだろうね。備え付けの耳当ては、どれも大きすぎて、わたしの頭から滑り落ちてくる。
あちこちひっかきまわして、ジュニア用を引っ張り出してきたものの、こんどはきつすぎて耳たぶが痺れてきた。
受付ロビーには、おそろしく時代がかったバーチャルセックスマシン。
おそらく、料金はカードをRIFTでスキャンする方式なのだろう。ひどく不格好な箱がついている。
今どき、カードなんて誰も使わないから、マシンを使う客もいないんだろうけど。
奥に申し訳程度に作られている、カウンター数席だけの煤ぼけたショットバー。
その壁には、けばけばしい色のネオンがチカチカしてた。
射撃レーンに、客は、わたし以外、誰一人いない。
まるで古典の世界だ。
とはいっても、あの太古の昔のサイバーパンク小説が思い描いてた「未来」は、今、わたしが生きてる「現実社会」とは、まったく別のものだけど。
おそかれはやかれ、最後には「男」はいなくなり、卵子同士の生殖が可能となるとも言われていた、その予想は大きくはずれた。
強化男性、強化女性、はたまた中性等の性選択も広く行われるようになるという予測もあったけど、それも違った。
というか、今や性差なんて一般社会では、さほど大きな問題じゃない。
でも、それは「性差がなくなった」というのとも、またちょっと違う。
かつて、「女」は射精の快感に憧れて、男同士の恋愛に過大なファンタジーを構築してみたりしたらしいけど。
いまの科学技術を持ってすれば、疑似的ではあるけど、女でも「その快楽」を実感することは可能だ。
とはいっても、男女の体格差だけは、結局いかんともしがたいところとして残り。だから、最後にはそれが一番の問題として、認識されるようになっていって。
つまり、滑稽なことに。
昔々と比べればごくわずかではあったが、一定の職種が絶対的に「男向け」の職業であるとみなされるようになったのだ。
例えば、将官以外の兵士と警察官なんかが、その最たるもの。
かつては、まさに「女だてらに」そんな仕事に携わった女も大勢いて。
就業者における男女の割合が、ほぼ半々になるところまで到達したこともあったらしいけれど。
今は逆。バックラッシュともいうのかな?
でもまあ、今じゃ誰もそんなコトを問題視する人はいなくて。
他のほとんどの側面で、性差に意味がなくなっていることもあるんだろうけど、この状況に、ことさら異議を唱える声もあがらない。
「良いじゃん? そんなシゴト、体の大きな男に任せとけば」程度の認識。
だから――
わたしは、本当にほんとの「変り種」だった。
国家でただひとりの、女性の法実務執行官。
身長は、ほんの五フィートちょっと。
六フィート以上しかいない巨大な男のオフィサーたちの中にまぎれると、いったいどこにいるのか誰も見つけられないくらいの、チビな女の警察官だ。
「よう! ナナミ、お前いたのかよ」
超アホっぽい、無駄にデカい声。
口もとまで下ろした硝煙よけのバイザーが、共振してビリビリ震えそうな音量だ。
「お前、ちっこ過ぎて見えねえよ。ドローン銃の調整テストでもやってんのかと思った」
ドローン銃っていうのは、リモートコントロールの火器のこと。
昔、リモコンの無人飛行物を「ドローン」って言ったことから、遠隔操作のものをなんでも「ドローン」て言うようになったらしい、どうでもいいけど。
今、手動の銃器なんて物好きなもの使うのは、われわれオフィサーか、犯罪者か、銃器オタクぐらいなもんだけどね。
煤は飛んで服は汚れるし、銃声で耳は痛いし。
アホっぽい大声でわたしを呼んだのは、同僚のミュルバッハ。
身長は六フィート五インチ、書類上は。
でもこいつ、「あんた、まだまだ背が伸びてるワケ?」って訊きたくなるくらいの大男。
声だけじゃなくて、何から何まで大きい。
肩も、腕も、脚も、掌も。
「今日は相棒はどうしたよ?」
ミュルバッハが、またデカい声で訊く。
ノイズリダクター外してんだから、そんな大声出さなくったって聞こえるっうの。
「さあ、どっか遊びに行ってんじゃない? オフの日のことまで詮索しないし」
「なんだよ、お前。たまの休みに、こんなさびれ切ったガンレンジなんか来て弾ぶっ放してんのかよ? モテねえヤツ」
ていうか、ミュルバッハ。
あんたの方こそ、今、同じ場所に来てるんだから、他人のことは言えないだろうに。
ホントに……こいつ頭カラなんじゃないんだろうか。
「誘いのひとつもねえのか? ま、その色気なしじゃ当然だよな、女のくせにオフィサーなんてやってるからだぜ」
ピピピー。
はい、警告警告。
それセクハラね。
普通の役所なら、かなーりまずいよ?
ま、でも。オフィサーは男性天国だからね。
ちまたの常識なんて、こんな馬鹿男どもの、カラッカラの頭の片隅にもあるはずないし?
いいよ別に、そんなのこっちだって承知の上で働いてる。
この程度、いちいち反応してたら面倒くさくてやってらんない。
というか、男性オフィサーにとってのヤバい「セクハラポイント」は、ゲイバッシングの方なんだよね。
それ、解り切ってるのに、同僚にゲイ疑惑かけて罵っては懲罰食らうヤツ、毎年、結構いるんだけど。
ミュルバッハは、ホルスターからM650を取り出して、シリンダーを振り出す。
古式ゆかしいリボルバー銃。しかも熊を一撃に倒せる大口径。
ほんっと解りやすいマチズモだよ。
だしぬけに五発連射して、ミュルバッハは、全弾、ほぼ同位置に命中させた。
あれだけ反動のあるM650を片手で撃っておいて、だ。
ミュルバッハはバイザーを上げ、えっらい自慢げにわたしを見た。
あーあーはいはい。
スゴイスゴイ、ぱちぱちぱち。
ミュルバッハの視線は完全シカトで、わたしは内心、ヤツをこう茶化す。
いいねぇ、無駄に身体デカいと。
というか、無駄に身体デカい被疑者相手でないと、そんな銃で撃たれたら、普通に、一発で死ぬけどさ、みんな。
と、ミュルバッハが、こっちの的をちら見した。
「なんだよ、それ。しょうもねえな、ゲイシャガール? オフの日にこんな所でコソ練して、その程度の命中率かよ?!」
はい、アウトー。
この発言は、完全アウト。完全終了。
これ、出るトコ出たら、オフィサー・ミュルバッハは、分限免職確定だよ。
年金資格も剥奪ね。
陰で、同僚連中に「ゲイシャガール」と呼ばれてることを、わたしだって知らないわけじゃない。
ひどい渾名だ。
だって「ゲイシャガール」っていうのは、女性型セクサロイドの通称だから。
昔から女性型のセクサロイドは、圧倒的にオリエンタルの容貌を模したものが多かったらしいけど。
元々は、そういうオリエンタル女性をかたどったセクサロイドの製品のひとつが「ゲイシャガール」っていう名前だったらしい。
でも今じゃ、単に女性型のセクサロイドのことを、「ゲイシャガール」っていうわけ。
しかも、わたしは完璧にオリエンタル系の容貌をしてる。
小柄で華奢で、肌は象牙色。
目も口も鼻も小さくて、髪はミッドナイトブルーの直毛。
だから、わたしに向かって「ゲイシャガール」なんて呼びかけようもんなら。
それは相当に「悪質だ」と、査問委員会も一発認定するに決まっているのだ。
性別だけじゃなくて人種を理由にしたハラスメント発言だと、そう判断されてもおかしくない。
ま、それでも。
いちいち、このアホんだらのミュルバッハごときを告発するほど、わたしも暇じゃない。
いくら「勝てる勝負」とはいえ、そういった手続きは色々と面倒で手間もかかる。
それに、性差別査問委員会とかに、いちいち訴え出るようなオフィサーだという評判が立てば、実はこっちのキャリアにも不利になる。
……面倒そうな部下だからって、上には煙たがられるからさ。
それはもちろん、ゲイバッシングを受けた男どもだって同じこと。
だから、彼らもよほどのこと以外、声を上げたりはしない。
そうなんだ。
実は、私の相棒は、ゲイ。
世の中的には、別にゲイの存在自体、めずらしくもなんともないし、彼ら、圧力団体としては経済的にも政治的にも、結構、力を持っている。
でもね、「この世界」では、やっぱり別でさ。
ゲイっていうのは、女のオフィサーのわたしと、ある意味同じくらい肩身狭いわけだ。
だから、わたしの相棒も自分の性的指向については、わたし以外にはひた隠しに隠してるってわけ。
もしわたしが「男」だったら、彼もきっとカミングアウトできずにいたんだろう……。
そう思えば、あいつのバディが、たった一人しかいない女のわたしで、凄くラッキーだったとも言えるかな?
ここまで言っちゃえば、もう想像できるでしょ。
実は、どうかするとわたしも、同僚の馬鹿男連中からは、いわゆる、レズビアンだと、おとこ女だと思われてるフシがある。
チビのくせ、女相手にマッチョぶるタイプの女だと。
ホント、脳筋男どもの単細胞さときたら、呆れる。
でも……違うんだな。
馬鹿でデリカシーなくて腹立つし、くっだらないのが大多数とはいえ。
でも、それでも。
わたしは男が好き。
それも、強くて大きくて。
硬い男が。
面と向かって「ゲイシャガール」呼ばわりされ。
わたしが露骨に冷たい視線で眺め返してるのに、ミュルバッハときたら、無精してまだらに生やした顎鬚を指でこすって、ニヤケ笑いを浮かべている。
この笑い顔が「いい」と騒ぐ女もいるみたいだけど?
分署の近所のバーとかで、ミニのタイトスカート着てたむろってるような。
いわゆる、マッチョな警官好きのグルーピーの子たち。
でもまあ、わたしには、ただのダラしないニヤケ顔にしか見えない。
ミュルバッハが、岩みたいに巨大なM650を射撃台に置いた。
ゴンと、とんでもなく大きな音がする。
そして、びっくりするぐらい大きなミュルバッハの手が、わたしの肩を掴んだ。
ミュルバッハは、そのままわたしを四、五列あるレンジの一番奥の方へと、ずんずんと押しやる。
「ちょ、何すんの、ミュル」
わたしは手にしていたシグを、ミュルバッハのこめかみにギリギリと押し当てる。
当然、トリガーガードに、しっかりと人差し指を差し込んだまま。
さんざ実弾を撃った直後で、銃口は、まだ相当熱いはずだ。
なのに、ミュルバッハときたら、アホっぽいニヤケ笑いを浮かべたまま、
「何って……決まってるだろ」とか、ほざいている。
ホント、アホだ、こいつは……。
一回、その空っぽの頭に、弾打ち込んでやろうかマジで。
壁際まで追いつめられて、わたしは、眼前に塀のように前に立ちふさがるミュルバッハを見上げた。
手にしたシグが、ミュルバッハにむしりとられる。
「あんたね、こんなところで何考えてんの、いくら繁盛してないガンレンジだからって言ったって、誰か客が来るよ」
「来ない、入口、鍵かけといた」
「……店のひとが」
「いない、さっき飯にいった」
「防犯カメラが……」
「さっき、全部向き変えといた」
そしてミュルバッハが、わたしの胃のあたりに腰を擦り付ける。
「で? 他に訊いときたいことは? ナナミ」
わたしは、首を捻って思案する。
「……う…ん、そうねぇ、他にはとりあえず思いつかないかな」
「じゃ、そういうことで……」
と、ミュルバッハの声が耳朶をくすぐった。
壁よりも固い筋肉で覆われたミュルバッハの腕が、わたしの背中に回される。
ごつごつとした腹筋が、わたしの乳房を圧迫した。
もう半ば立ち上がっていた乳首に、甘くて鈍い刺激が走る。
わたしは、ちいさく息を飲んだ。
そして指を伸ばして、さっきからおへそのあたりにゴリゴリと当たっている、熱い大きな塊に触れてみる。
そう。
わたしが好きなのは。
強くて大きくて。
硬い男……。
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