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16 せっかくのオフの日を、無駄に、憂鬱には過ごしたくなかった。 「済んでしまったこと」を、ただ無意味に振り返って、悔やんで、悩んで、そのせいで「今」を台無しにするくらいなら、反省なんか意味ないし、それってそもそも、反省ですらない。 すっぱり切り替えて、前に転がって行かなきゃ。 時間がもったいない……って。 昔からそう思っていて。それはいうなれば、わたしの「意地」みたいなもので。 だって、そうじゃなかったらやっていかれないくらい「悔い」ばかりになってしまう。オフィサーのシゴトなんてものは……。 でも今回ばかりは、それは結構、難しかった。 たしかに、マコーネルにはひどく申し訳なく思うけれど。 でも、所詮は「ただの失敗」、「ただの不首尾」だったのだ。 それだけのことなのに。 「なにもそこまで引きずって、悩む必要あるようなことかい?」と、自分でも呆れちゃうくらい、わたしはマコとのことを引きずってしまっていた。 そのことを考えないようにするために、一日中、好きでもない家事に、ワザと忙殺されてみたほどだ。 ……なんで? なんで、こんなにいつまでもウダウダしてるんだろ。 夜、自宅のベッドの上で天井を見ながら、わたしは、そんなことを考える。 マコーネルは至極まっとうな、大人の対応をしてくれたのだ。 だから、別にもう、あれはあれでいいじゃない? そりゃ……。 マコが、あんまりにいいヤツだったからさ、ホント、さらに余計に申し訳ない気持ちにもなるけれど。 それとも、わたし。 マコーネルに、なにか借りをひとつ作ったような気分になっている?  それがシャクにさわってるとか?  ううん、そんなんじゃない。それは違う。 じゃあ、なんでこんなに……? そんな風に繰り返す堂々巡りにも疲れ果てて、わたしは深い溜息をつくと、瞼を閉じた。    +++ オフの日の翌朝。 珍しいことに、わたしはジョシュより先にオフィスに着いた。 コーヒーマシンからポットを取り、カップになみなみと焦げ茶の液体を満たして、口をつける。 分署の「泥水コーヒー」にも、この時間はまだ多少、淹れたての香りが残っていた。 デスクトップデバイスを、生体認証で立ち上げる。 コーヒーをすすりながら、昨日来た音声メッセージや事務連絡やらに目を通していると、ジョシュが出勤してきた。 「おはよう、ナナミ」 パリッとプレスのきいたシャツで、朝っぱらからまた、なんとも涼しげな微笑を浮かべるジョシュ。 そして、「早いね? 今朝は」と続けると、手にしていた超高級(ダビデと)デリカテッセン(デ・マルコの店)の紙コップをデスクに置き、スーツのジャケットをスラリと脱いでハンガーに掛けた。 ジョシュご愛用のコロンの微かな香りと、一杯十二ドルのカプチーノの香ばしい匂いが、わたしの鼻先をくすぐる。 確かに、「ダビデとデ・マルコの店」のコーヒーは悪くないけど。 十二ドルという価格は、カプチーノにつけるべきものではないと思う。 まあ……あの店は、オリジナルのコーヒーサーバーに家具級の値段をつけているようなトコだけどね。 ありすぎるお金の使い道に困る人間というのは、世の中には、結構存在するんだな……ってことなんだろう。 貴公子の微笑みでわたしを見つめながら、ジョシュがカプチーノの泡立てミルクにくちびるをつけた。 ハイハイ、ジョシュの言いたいことなんて解ってる。 「おとといはどうだった?」って、そう訊きたいんでしょ? あーあ……。 さっそくに、また憂鬱な気持ちにさせてくれるじゃないの、ジョシュ。 でも、だんまりをきめこんだところで、きっと、あの手この手で探り出されてしまう気もするし。 それに、まだマコーネルたちの案件の手伝いが終わったわけじゃない。 ジョシュってば、わたしとマコのことに、また色々と気を回してくれようとするかもしれないから、結果だけは言っとくべきなんだとは思うんだけど。 ……でもさ。 「あのさ、ダメだったから」 ポツリとわたしはやっと、それだけを口に出す。 ジョシュがひとつ瞬いて、アイスブルーの目を細めた。 もう、頼むから、それ以上は訊かないでよね、と。 ジョシュに念波を送ってみたけど、それは全然届いていないらしくて。 「ダメ? それどういうこと、ナナミ。何が駄目?」 ジョシュってば、軽く身を乗り出す勢い。 「だからさ……」 わたしはさらに声を抑えて、ジョシュに鋭く囁いた。 「『ダメだった』んだってば、うまくいかなかったの! だからもうこの話は、これきりなしってことで」 「まるで意味が解らないな、ナナミ。何が『ダメだった』んだよ?」 ジョシュが、キュッと眉根を寄せる。 「もう、ジョシュ。お願いだから勘弁して。だからさ……『できなかった』の、マコとは」 ……できなかったって? 口の中で噛みしめるようにそう呟いて、ジョシュは首を捻った。 「それって、マコーネルが『ダメ』だったってことかい?」 ジョシュの言わんとすることは、ハッキリと解った。 つまり、マコが「モノの役に立たなかったのか」と訊いているのだ。 いやいや、それは違うし。 マコーネルの名誉のためにも、そこは否定しておかないと。 フェアじゃないよね。 「ちがう、ちがうってば、そうじゃなくって……」 わたしの言葉に、ジョシュがさらに首を捻った。 「そうじゃなくて、わたしが……ダメだったんだってば」 ここまで聞くと、さすがのジョシュも、それ以上の追及を止める気になってくれたようだった。 溜息のような相槌のような息をひとつ吐いて、椅子の背もたれに寄りかかりながら、ジョシュは、カプチーノのカップを手に取る。 そして、デバイスを立ち上げると、さも「仕事に集中している」と言う風に、モニターを見つめ始めた。 その日は、またマコーネルたちのコンビの手伝いをすることになっていた。 今度は、わたしとマコが組まなくていいようにと、またさりげなくも気を回してくれたのだろう。 ジョシュはさっさと、マコーネルと連れだって出かけていく。 なんか、わたし。 あちこちに変な借りを作りまくっている? ……とかなんとか。 そんなことを思わずにはいられなくて。 気持ちを切り替えて浮上するどころか、わたしは、ますますブルー入ってしまって仕方がなくなった。
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