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22 ミュルバッハのことだ。 一度や二度の射精で終われるわけもなくて、わたしを突き上げ、揺すぶっては、何度も何度も中に出した。 わたしの方も、イキ過ぎてもうワケが解らなくなっていて、きつく瞼を閉じたまま、ただただミュルの身体に掴まっている。 ブランケットも枕も、どこかに落っこちてしまっていて。 シーツはぐしゃぐしゃにたるんで、ふたりの体液で汚れまくり、あちこち、ひんやりとぬるついていたけれど、それでもわたしたちは、身体をつなげたまま、ずっと揺れあっていた。 「いい」とか、「して」とか。 そんなことを口に出す余裕は、とっくに無くなって、わたしの頭の中は、ミュルと擦れ合う部分の感覚しかなくて。 バカみたいに熱くて大きくて固いそれが、わたしをめちゃめちゃにかき回し、えぐり上げる刺激だけが、すべてになってた。 「な、あ……? なんか、言うことあるだろ、ゲイシャガール」 わたしの上で腰を動かしながら、ミュルバッハがアホっぽく囁いた。 「もっと…しろとか、胸ぇ揉めとか…よぉ? エロいこと…言うのは、もう…おしまいかよ」 だから……。 そんな余裕なんか、とっくにないってば。 なんなのコイツは、さっきからずっと腰振ってるくせに。 なんか言う元気とか、まだあるわけ……?  まったく、もう…呆れちゃうなあ。 とか。 おおよそ、こんな感じのことが、わたしの頭をよぎったけれど。 それってこんなにハッキリとした言葉じゃなく、もっと、もやっと曖昧なものだった。 ミュルに最奥を打ち据えられるたび。 湧き起こる重い快感に、わたしはただ、「んんっ…んっ…」と、鼻にかかったちいさな音を発することしかできない。 そんな風に身体は、もうとっくに限界のはずなのに。 またしても訪れそうな絶頂の予兆に、わたしは、ぶるっと肩を震わせた。 なのに、ミュルバッハときたら執拗に、 「お前……さっき、なんか言ったろ? 俺に」とかって訊いてくる。 うーん…さっきって、なに。 「なあ、言ったよなぁ……ナナミ、俺のこと、スキ…とかなんとか」 ……あ、イク。 また、すごく…イク。 不意になぜだか、苦しくなった。 皮膚の表面がザーッと冷たくなって、ベッドの軋む音が遠くなる。 「……あ、バカ。おい、ナナミ! イキまくってねぇで、ちゃんと息しろって?!」 え…? い…き、って。 どうやって吸うんだっけ。 くるしい。 わかんない。 けど、きもちいい……。 あ……っ、と。 くちびるから声が洩れ出した瞬間、冷たい空気が喉から胸へと、するり通り抜けた。 ミュルバッハのペニスをめちゃくちゃに締めつけながら。 多分、叫び声に近いくらいの声をあげて達し、わたしは、そのまま意識を失った。    +++   なんか、へん……と思った。 その瞬間、わたしは目覚めた。 自分がどこにいるのか、良く解らない。 何かの上に、横になってるみたいだけど……。 自分の部屋の……。 ベッドの上……らしい。 って。 そう、ベッドの上に横たわるデカい男の身体の上に、わたしは横になっていた。 たしかに、どう考えたって二人の人間が横になれるような幅なんかないベッドだけどさ。 というか、ミュルバッハの身体だって、どうかするとマットレスからはみ出しそうだった。 わたしはミュルの胸板の上で、よっこらせっと、寝返りを打つ。 それでも、アホの大男は、すーぴーと寝入ったままだった。 マットレスというには、ミュルバッハの身体は、あまりにゴツゴツと硬い。 「男」は「硬い」のが好きなんだけね……。 ぼんやり、頭の中でひとりごちる。 ……でもベッドは、やわらか目のが好みなんだなぁ。 そしてわたしは、枕元のデバイスに今の時刻を訊いた。 まだ早い。 出勤前に、バスタブにゆっくり浸かってから、近所の店でコーヒーとドーナツを買っていく余裕くらいはありそうだ。 起き上がろうと身体を動かすと、ベッドがものすごい音で軋む。 本能的に、なんらかの危機感すら覚えるほどの音だった。 いやあ……。 極小とはいえ、ここがテラスハウスで良かったよね。 普通に、上下に人が住んでいるようなフラットだったら。 多分、昨夜は、玄関ドア連打で、苦情の雨あられだったはず。 ガタガタギシギシと、めちゃくちゃうるさかったに違いないからなあ……。 とかって、わたしはそんな感じで、トンチンカンに安堵した。 そして立ち上ろうとした瞬間に、腰がベッドへと引き戻される。 ドサリとミュルの硬い腹筋の上に倒れ込むと、ベッドがまた、断末魔の悲鳴を上げた。 続けて、耳を齧り取るようなミュルバッハのキス。 「っもう……ミュル、あんた、ホント、しつこいってば」 押しのけようと抗っても、こんな岩男相手、無駄なことは解り切っている。 股間でも蹴り上げてやろうかと思うけど、コイツだって一応、それなりに名うての警官(オフィサー)だから、そういう隙は、残念ながらあまりない。 なんの抵抗もしないわたしの口もとへと、ミュルのキスが移ってきた。 つい、つられて、わたしもミュルの分厚いくちびるを貪ってしまう。 いつの間にか、ミュルバッハの太い指先が、わたしの内腿に滑り入っていた。 昨夜の、放埓な放蕩の名残でべとつく部分が、そっとかき回される。 あとかたもなくグズグズに蕩けきったその場所は、感覚なんかほとんどなくなってしまっていて。 もうどんな刺激に対しても、甘い反応なんて示すはずもないのに。 ミュルの指先ときたら、腹が立つほどに正確に、かろうじて敏感さを残していた部分を探り出して擦り上げる。 とんでもなくいやらしい吐息を洩らし、わたしは身体ごとミュルバッハの上へ、くたりとくずおれた。 わたしも、指先でミュルの硬い身体をまさぐる。 脈を打つ熱い部分が見つかった。 それをそっと撫でて、くすぐってやる。 先端は、もうたっぷりと液を溢れさせていた。 と、ミュルバッハが寝返りを打って、わたしを仰向けにして乗りかかる。 なぜかベッドは軋まなかった。 くちゅりと淫猥にすぎる音が、わたしのちいさな部屋に響き渡る。 続いて、じゅくじゅくと水音が続き、熱い塊が込み上げるように、わたしの中に侵入してきた。 その瞬間、わたしは軽くオルガスムスに達する。 ああ、もう……。 なんなの。これって。 そんな風に、半ば呆れるような半ばあきらめるような気持ちで、わたしはミュルのペニスを受け入れていた。 さんざ貪りつくした翌朝の、ダメ押しのセックス……。 時間の余裕だってない、身体だってガタガタなのに。 頭では、もうこれ以上は度が過ぎているって、ちゃんと解っているのに。 まるで何もかもがマヒしたように。 すでに限界を超えているのに、気づかぬままグラスを重ね、飲み続けしまう時みたいに。 ただ、目の前にある快楽に心も身体も絡めとられて、止められなくなる。 お腹いっぱいなのに、それでもつい食べ過ぎてしまうジャンクフードみたいな、なんてひどい悪癖。 こんな最低の誘惑に抗えないなんて。 わたしって、アホだ。 そんでもって。 しょうこりもなくわたしの上で腰を振ってる、この脳筋馬鹿男は、もっとアホだ……。 とはいえ、さすがのミュルも、今朝の腰使いは、すこしばかり気だるげだった。 わたしの中を擦り上げるペニスの動きは、ゆったりとスローペース。 それでも、わたしの内側からは、じわじわふつふつと快感が溢れ出してくる。 突き上げられれば、むしろ、もう鈍い痛みが走るほどなのに。 それでもやっぱり、奥深くに押し当て、えぐり上げてほしくて、わたしは思わず、腰を浮かせてしまう。 「……言えよ、ナナミ」 すこし声を掠れさせて、ミュルバッハがこう洩らす。 「なあ、もう一回、言えって、俺を好きって……」 そしてミュルは、ピタリと動きを止めた。 「…やぁ、ミュ…ル。やめたら、やだ…ぁ」 わたしは、堪らず自ら腰を回す。 「イ…ク、イクの…に、んっ、あっ……あ」 っていうか、ミュル。 こんな……ここで止まっちゃうなんて、あんまりだ。 もう、ゴシャゴシャ解んないこと言ってないで……してってば、お願いだから、動いてよぉ……。 「ほら、言えよ、『俺が』好きだって、セックスじゃなくて、俺が好きって」 ああもう……なに? それって。 「言ったら、いくらでもしてやるぜ……」 と、ミュルバッハが、勢いよく奥へとペニスをぶつけた。 腰が痺れきってしまうようなジンとした刺激に襲われて、わたしは息を飲む。 そしてすかさず腰を引くと、ミュルはまた動きを止める。 わたしは肩で息をしながら、ごくりと唾を飲み下した。 ……まったく、どういう脅迫なんだよ、それって。 とか、思わないでもなかったけれど。 わたしは、もうどうしようもなく焦れてしまっていた。 それこそ、気が狂いそうなほどに。 「すき、みゅる、すき……して、ね? して」 もぞもぞと腰を動かしながら、わたしは、とにかくこうやって繰り返す。 「すき、ミュルが…すき、おね…がい…いきたい、よぉ…」 「よお、ゲイシャガール、お前、俺が好きなんだろ。セックスじゃなくて、ん?」 うんうんと、頷きで応じながら、わたしは頭の隅で、「ホント、バカだなあ、ミュルは……」って、じんわり思う。 そんなの、分けて考えてどうするんだろ。 こんなに夢中になって感じてしまうのは。 それが、他の強くて大きくて硬い男じゃなくって。 ……ミュルだからなのに。 ミュルを好きなことと、ミュルのセックスが好きなことなんて、分けてなんか考えられるわけないじゃん……。 なんて。 それってわたしも、ついこの間、気づいたんだっけ……。 ミュルバッハが、また激しく腰を打ちつけ始める。 ほどなくわたしたちは、ほぼ同時にエクスタシーに達した。 徐々に、快感の波が引いていく。 ミュルが、ゆっくりとわたしから身体を離した。 ドロリと暖かい液が、わたしの膣内からあふれ出す。 ……もう。 昨日も、どんだけ「出した」んだか解んないのに、このアホバッハ。 コイツの体液って、全部ザーメンとカウパーでできてるのか? すると、何の脈絡もなく、ベッドがせつなくキィと鳴いた。 「なんか、多分、ヤバい……」 「あ? 何が?」 ものすごくかったるそうな声で、ミュルが応じる。 「『何』って、ベッドだよ。このベッド、多分壊れる、絶対、壊れる、これ」 「ふうん」 気の抜けた相槌を打つと、ミュルは、わたしの陰部のぬるつきを、何かでそっと拭い取った。 「『ふうん』じゃないってば、ミュル!」 と噛みつくと、ミュルは、 「いいだろ……んなもん、新しいの買やあ」 と言い捨て、手にした何かを、ポイと床に投げ捨てる。 ん?  今、なに使ったんだ、ミュルのヤツ?  わたしは、床へと視線を向けた。 それは……。 昨日バーでジョシュが、泣き出したわたしに貸してくれたシルクのポケットチーフだった。 ……あああああああ!! なんてことをぉぉぉぉぉ。 涙と鼻水くらいなら、綺麗にクリーニングして返せただろうけど。 ああ、無理、もう無理。 絶対、無理。返却不能。駄目だ、買い直しだ。 ってさ。 一体、いくらするんだろ、あんな高級品……。 と、わたしが頭を抱えた瞬間。 ものすごい衝撃音が、部屋に響き渡った。 ミュルバッハの身体が弾んで、ゴロリと床へと転がり落ちる。 何が起こったのか解らずに、わたしもミュルも、ただ呆然と目を見開いていた。 そして、しばしの後。 ほぼ同時にふたりは我に返り、ベッドの左側のフレームが、ぼっきり真っ二つに折れていることに、やっと気がついたのだった。
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