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4 わたしを抱きしめたまま、しばらく痙攣していたミュルバッハは、やがて、ひとつ深い溜息をついて、ゆっくりと身体を離した。 虚脱して、ガンレンジの射撃台の上に丸まってるわたしは、ほぼ全裸。 ミュルの大きな身体の熱が離れて行ってしまうと、「してる」ときは全然そんなこと思わないのに、なんだか急に、自分が無防備すぎるような気持ちになって、もぞもぞと縮こまる。 と、どこかからなにかを取って来て、ミュルバッハが、わたしの汚れた脚やらなにやらを拭いてくれる。 そして、グッタリと横たわったままのわたしの頬を、太い指先で、ちょんと突いた。 「あ? う…ん、ありがと…」 それだけは、なんとか口にしたけれど、起き上がる元気は、まだ湧いてこない。 目を閉じたまま、わたしは手探りで服を探して指を伸ばす。 ブラはつけないで、とりあえず、Tシャツを引っかぶった。 むき出しのままの下腹部が、なんだか逆に、ますます気になる。 でもジーンズに足を通す気力は、やっぱり、まだなかった。 射撃台の上で丸まったまま、わたしはぼんやりと、ミュルバッハを見やる。 ミュルは、いつの間にか脱いで放り投げていたらしい、自分のジャージーシャツを、床から拾い上げていた。 焦げ茶のねこっ毛の頭髪は、ふわふわと逆立って、胸もとの薄い茂みや腕の体毛が逆光に透け、金色めいて光っている。 無意識のようにミュルバッハが、人差し指でこめかみを掻いた。 「……あ」 わたしは、思わずちいさな声を上げる。 ミュルの左のこめかみは、ちいさくピンク色にただれていた。 シグの銃口(マズル)を押し付けた場所……。 薄い火傷の痕。間抜けな感じで、わっかになってる。 ……あらま、痛そうにして。 もう、あいつってば。 やっぱり熱かったんじゃない。 ホント、馬鹿なんだから……もう。 笑おうと思ったわたしのくちびるをついて出たのは、溜息だった。 床に座り込んで、シャツをかぶっていたミュルバッハが、顔を上げてこっちを向く。 「ねえ、ミュル……」 わたしは顎先をちいさくしゃくって、店の隅のバーチャルセックスマシンに視線を向けた。 「あれって、『どんなの』なの?」 「あれ?」 首を捻って、ミュルが、くだんのニヤケ笑いを浮かべる。 「さあな? ってか、そもそも起動すんのか怪しいぜ。ただの飾りだろ。言うなりゃ、『アンティーク』ってヤツで」 ふうん、と。わたしは適当な相槌を打つ。 ミュルが続けた。 「動いてんのなんか見たことねえな……多分、あれだろ。何人かから女を選べて、その女の裸の三次元像(ホロ)が出てくるから、それ見て、てめぇで『ナニしろ』ってモンだろうよ」 「ふーん……」 「見たことない」割には、結構詳しいじゃん? と、わたしは胸の中で独りごちる。 ああ、そろそろ起き上って、ズボン穿こうかな……。 とか、そんなことを思っていると、ミュルの焦げ茶の瞳と、また目があった。 「……なに? ミュル」 こう訊ねたのに、ミュルバッハは、わたしから目をそらす。 「ねえ? なに」 もう一度訊ねるけど、ミュルは床に座り込んだまま、相変わらず目を伏せて、自分のブーツの分厚いラバーソールを見つめている。 すこしして、ミュルバッハは、やっと口を開いた。 「……お前さ」 「うん?」 「お前……そんな性欲あって、普段とか…どうしてんの」 あ? なんじゃい、それは? 「どうって? 別に……っていうか、『普段』って何?」 「普段は、普段だろうが!」 突然、ミュルが勢い込む。 「だから、その、俺と…ヤってないとき…とか」 えー?  ミュルと「してない」とき、ねぇ……。 「うーん、別に、シゴト忙しいし、普通」 ここのとこ、ずうっと事件多すぎでさ。正直、プライべートとか? ゆっくり遊ぶ暇なんかないんだよね。 「『普通』? なんだよ、普通ってよ」 ぶつくさと、ミュルバッハが口の中でもごつかせる。 っていうか、なに? ミュル。こいつ、今日、ちょっとヘン? 「他には……誰かとヤってんのか?」 「なにそれ、嫉妬?」 「……ああ」 ミュルは俯くと、くせ毛の頭髪を、クシャクシャとかき回した。 「ちょっと、あんたさ、ミュル。寝てるくらいで『俺の女呼ばわり』とか、止めてくれる?」 「別に……『俺の女』とか思ってねえよ」 「あ、そ? ならいいけど」 わたしは起き上がった。 ショーツを拾い上げ、台に腰かけて足を通す。 ……って、ミュル。こっちチラ見してんじゃないよ。アホ。 そして立ち上がり、裏返しになったジーンズを、表にひっくり返した。 「『俺の女』とかは、思ってねえけどよ……」 ミュルバッハが、ぼそりと呟いた。 「そうだったら…いいな、とかって」 「え?」 ジーンズを腰まで引き上げ、わたしは、床にしゃがんでいるミュルを見下ろして睨みつける。 「だから、こんなトコでじゃなくてよぉ、もっと普通に、ベッドとかで」 そりゃ?   わたしだって、ベッドでシルクのシーツに羽根枕に、苺とシャンパンとかがあった方がいいけど? っていうか、ガンレンジ(こんなトコ)なんかで迫ってきたの、あんたの方じゃんよ、ミュル。 「そんでさ、夜も、朝も……お前とヤリまくりたいんだけど」 「意味わかんない」 ざくっと切捨て口調で、わたしはミュルに即答する。 「意味って、ナナミ。だから、俺は……その、お前と、ちゃんと? その、ス…ステディな仲にだな」 「ミュル、馬鹿じゃないの、あんた」 さっきから、何言ってるんだろ、こいつは? ヤリすぎて、なんか脳に来たの? 大丈夫か。 「だめ……か?」 絞り出されたミュルバッハの声は、なんと半泣きだった。 ぱたりと、床の上に涙だか鼻水だかが落ちる音がする。 ウソ……泣いてるよ、こいつ。 しかも、ジーンズの前ボタン(ボタンフライ)全開のまんまで。 イチモツ丸出しだし……。 アホ? やっぱアホなのか、こいつは。 「とりあえず泣くかペニスしまうか、どっちかにしたらいいと思う、わたし」 「まだ…勃ってて、ボタン留まんねえんだよ」 わたしは思わず、まじまじとミュルのソレを見る。 あ、そう、そう…みたいね。 確かに。 まだまだ「できそう」とお見受けしました、ハイ。 でも、わたしはもういいから。うん。 と、わたしの頬に、はらりと前髪が乱れかかった。 指で邪険に払いのけると、いつも髪に絡めておくビャクダンの香りのほかに、なんだか別の…ミュルの雄臭いような体臭とかが混じり合った匂いがした。 ……うーん、早くシャワー浴びたいな。 それに、超眠い。 してる最中はね……ザーメンの(この)匂いも悪くないかな? とか。 むしろ、ちょっと燃えるかなとか思うんだけど。うん、身勝手でごめん。 「あのさ、ミュル」 まあとりあえず、ここはサックリまとめておこう。 「っていうか、わたし。セックス以外、あんたには、別に全然興味ない。あんたはさ、わたしと付き合って、何がしたいわけ?」 「何って……別に」 ミュルが言い淀む。 ほら、ね? 「あんただって、ヤレればいいんでしょ。それとも、何? 映画でも行って、並んで座ってスクリーンにポップコーンでも投げつけたいわけ?」 コックリと、ミュルバッハが頷く。 「そういうのも悪かねえよ……その後で、セックスできれば」 やっぱ、そうじゃん。 「だったらさ。いいでしょ、今みたいに、お互い気が向いたときに『する』関係でもさ?」 わたしの言葉に何も言い返せないのか、ずびと鼻をすすって、ミュルが黙り込む。 雨に濡れた子犬みたいに、「きゅう」と声を上げそうな感じだ。 いやまあ、図体は「ヒグマ」みたいにデカいんだけどね……。 しかし、なんだろ? ミュルってば。 せっかく今日は、ひさびさスカッとできたのに。 面倒くさいことになっちゃったなあ……。 それに、いくらなんでも店の人は、そろそろ食事から帰ってくるだろうし、締め出されてるの解ったら、ガタガタうるさそうだし……。 うん、とっとと退散しよう。 「じゃさ、悪いけど、ミュル。わたしシャワー浴びたいし、お先に」 わたしは、ジーンズと一緒に脱げてたサイドゴアブーツを急いで履いて、場末の射撃場(ガンレンジ)から飛び出した。 ドローンキーでドアを開けて、車に乗り込んで。 アクセル踏み込んだ瞬間に、わたしは、ブラをつけ忘れてきたことに気がついた。 えぇぇ……どうしよう。 いまさら、戻る気にもなれないし。 でもあれ、ショーツとお揃いで、すっごい高いのだったんだよね。 あんな店に、置いていくのはなあ。 うう、もう。 めんどくさいなぁぁぁ……ホント!
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