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6 前に一回、「あんた何で警官になったの?」って、ジョシュに訊いたことがあった。 そしたら、ジョシュ。 「うーん」って、長い睫毛を伏せて。 「そうだな……警官(オフィサー)って、モテるからね」だってさ。 もちろんジョシュの場合は、男にモテるって意味だが。 そっちの世界でも、「オフィサー」って、特別枠で人気があったりするんだねぇ……。 というか、それ以上、まだモテたいか、お前は?! って、ツッコミ入れたくなったけど。 まったく、クールな名家のお坊ちゃんのくせに、こいつも「所詮は男」ってことなのかなぁ。まさに「男の猿智恵」って感じだよ、なんて。 最初はそんなこと感じたけど、今にして思えば。 なんかわたし、適当にはぐらかされただけかもしれない……多分そう。 そこいくと、ミュルバッハなんか絶対、「オフィサーになったら女にモテモテ」みたいなこと考えて志願してるよなって思うんだ。 訊いてみたことは、ないんだけどね。想像で。 ジョシュがさりげなく腕時計に視線を走らせてから、わたしを見る。 コンフィーとクスクスの皿が下げられて、ジョシュとわたしの前にエスプレッソが運ばれてきた。 わたしの方にミルクピッチャーを滑らせてから、ジョシュは砂糖の小袋をつまむ。 小さなカップに比し、かなり大量の砂糖を投入して匙でエスプレッソをかき回すジョシュに、わたしは思わず、こう洩らす。 「これは…あれなんだけど、なんか…さ、ミュルさあ。『あんた馬鹿じゃないの?』って言ったら、泣き出しちゃってさ」 しかもジーンズの前、全開で。 ジョシュが、一瞬、目を丸くする。 しかしすぐに、王子様の微笑みを浮かべ、 「ふうん、あの岩男……意外に可愛いところあるんだ。でもナナミ、それでもキミ、ほだされなかったの?」と、涼しく訊き返してきた。 答えあぐねて、わたしは、ミルクを一滴たらしたエスプレッソを喉に流し込む。 と、テーブルに置いていた、わたしの携帯デバイスのアラームがチンと鳴る。 午後一は、法廷での証言だった。 そろそろ裁判所に向かう時間。 ハッキリ言って、九割八分、勝訴が確定している案件で、証人招致されたわれわれとしても、すごく気楽だ。 だから、こんなところで優雅にランチしようなんて思えたわけだけど。 ともかく被告人と弁護士は、取引(バーゲン)に乗らなかったこと、今頃、めちゃめちゃ後悔しているに違いない。 さらりとナプキンをテーブルに置いて、ジョシュが立ち上がる。 わたしは、店内の視線を一身に集めながら、颯爽と店を出て行くバディの後を追った。 車の前に来たところで、ジョシュが唐突に、爆笑し始める。 「ああ、もう! ナナミ、責任を取ってくれよ」 「……なんの?」 またひとしきり笑ってから、ジョシュが続ける。 「ミュルバッハのことだよ、ダメだ……僕はもう、ヤツの顔見たら、ペニス丸出しで床に座って鼻水垂らしてる姿しか想像できないと思う」 あ……。 ごめん。ミュル。 わたしも、ちょっと口、軽かったかもしれない。うん。    +++ わたし「も」……って。 ココロの内で、そう謝っては見たけれど。 ミュルの口はおそらく、そんなに軽くないだろう。 ……というか、そう思ったから。 わたしは、ミュルとセックスするようになったのだ。 例の書類上の問題で、捕まえた被疑者が公訴棄却になった件で。 ユニフォームとわたしとの、根も葉もない噂が広まりかけた、あのとき。 かなり早い段階で、それが立ち消えたのは、広めて回る人間が途切れたからなのだ、おそらくは……。 たしか、それは更衣室に物を取りに行って、またデスクに戻る途中とか、そんなありふれた場面だった。 その場にいない人間の噂してたら、実は、その傍をちょうど当人が通りがかっていた……なんて。 それも良くある話で。 捕まえた被疑者が公訴棄却になった「ポカ」の原因が、どうやらわたしの「下半身問題」に関係あるようだ、とかっていう「楽しそう」な噂話の声が、廊下を歩くわたし耳に届いたとき、そいつらのいた部屋のドアは、半開きになっていて。 全員の姿は解らなかったけど、ひときわ目立つミュルバッハの大きな身体は、いの一番、わたしの目に留まった。 ……サイテー。 と、ひどくミュルバッハに苛立ったのを覚えてる。 なんで「ミュルバッハに」なのかは、良く解らない。他にも色々なヤツがいたのに。 でもその後すぐに、わたしは気づいた。 その場にはいたけれど、ミュルは話には、一切係わっていなかった。 不自然なほどに、それはそうだった。 噂を否定も肯定もしない、ミュルバッハのそんな「完全無視」といった態度のせいなのか、周りの連中の話題も、いつの間にか別の……近所のバーのハッピーアワーのことやなんかに移り変わっていった。 そんな風に。 それを知ったのは、ほんの偶然からだったから、だから。 ミュルバッハが、「自分が口説こうと思っている女のことだし」と、ちょっと「いい恰好」をしてみせたとか、下心ゆえにわたしに恩を売ってみたとか、そこまでのことは思えなくて。 だいたい、「いい恰好」をして見せたいんだったら、わたしの目の前でしなきゃ意味ないわけだし……。 別にミュルは、わたしの目の前で、これ見よがしに正義漢ぶってみせたことなんか、一回だってなかった。 いや、色々言い訳してるけど、結局。 わたしは。 ミュルバッハと寝てみたかったのだ。 ……わたし自身が。 ずっと。 そうする理由を、探してたのかもしれないって。 裁判所に向かう車の中で、わたしは、そんな風に思ったりした。
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