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狭い階段を上がったつきあたりに、扉。
ミュルバッハが、ノブに鍵を挿して錠を開け、ごつごつしたバイカーブーツのつま先でドアを蹴り開ける。
転がり込むようにしてふたり、部屋の中に入った瞬間、ミュルバッハの膝が、わたしの脚をこじ開けた。
壁に押しつけられる。
服の上から、ミュルが両手で乳房を掴んだ。
いつもよりも、ちょっと力が強い。
ちいさく顔を顰めてくちびるを噛みしめてみせると、ミュルはすぐに指の力を緩めた。
ミュルバッハの片手が背中に回る。
ブラのホックをはずそうとする指が、ひどくもつれているようで手間取っていたから、背中に手をやって自分で外した。
ミュルが、わたしのシャツの裾を引きあげようとする。
今日のトップスは、買ったばかりでわりと気に入っていた。
わたしは、シャツも自分で脱ぐ。
そういえばこの間、ミュルに「色気なし」なんて言われちゃったけど……。
確かに。
ミュルバッハたちが入り浸ってる、あのバーの女の子たちの着ている「めちゃくちゃ解りやすい」セクシーな服と比べれば、そうとも言えるかもしれない。
わたしが普段、身に着けているのは、すごく細いストレートのスラックスかジーンズ。
シャツか、首の詰まったジャージーシャツに、ブルゾンかジャケットだった。
でも、シャツはいつだって胸元がフィットしたものを着ているし、スラックスのラインだってヒップにピタリとはりついていて、とてもタイトだ。
ジャケットのインナーは、ノースリーブのことも多いから、上着を脱いだときに見える二の腕の肌の白さって、それなりにセックスアピールがあるって言えなくはないんじゃない? って思う。
えっと……ちょっと自信過剰かもしれないけどさ。
生粋のオリエンタルだから、コケージャンの色の白さとは全然違う。
でも、わたしの肌は本当に白い。
象牙色なんて評されることが多いけれど、実は自分としては、ちょっと違うって思ってる。
それはいわゆる、胡粉の白だ。
微塵の黄色みもない……銀に近いような、雪のような。
そんな色。
そして、吸いつくような肌のきめの細かさだけは、とりあえずどんな男も「いい」って思うみたいだ。
どうかすると、その辺で行き合った子供なんかも、わたしの腕の内側のやわらかい部分を触りたがるし。
ミュルバッハが身体をかがめ、露わになったわたしの胸の突起に、子犬みたいにむしゃぶりついてくる。
そこはもう、すっかり硬く立ち上がっていたから、ミュルのやや性急な愛撫がひどく心地よくて、鼻にかかったような、ひどく切ない声を洩らしてしまう。
脚の付け根は、じくじくと疼いていた。
膝を割られ、ミュルの脚の上に跨るようになっているわたしは、つい、ミュルバッハの太腿に自分のその部分をこすり付けるようにして、腰を動かす。
……なに、がっついてるんだろ。
わたしってば。
そんな風に、ちょっと呆れるように自分を諌めながらも、知らず指先はミュルバッハのベルトのバックルに掛かっている。
手早くジーンズを引き下ろすと、わたしは、ミュルの下着の中へと手を滑らせていた。
「あつ…い、おっきい」と。
思わずひとり言のように洩れ出したわたしの声に、ミュルバッハのペニスが痙攣した。
とろりとあふれ出てきた先走りを、指先でそっと亀頭に塗り広げてやると、ミュルが、ひとつ吼え声を上げる。
ああ、もう。
「……れて、ミュル、これ…挿れて」
はやく、はやく。すぐ、ほしい。
ミュルバッハが、ちぎり取りそうな勢いで、わたしのスラックスのホックを外した。
でも、それを非難するような余裕は、わたしにも、もうない。
ミュルバッハがショーツごと、スラックスを足首まで引き下ろした。
片足だけ脱がせたところで、ミュルは、わたしの腰を両手で掴んで持ち上げる。
ぬかるみきっている部分に、熱くて大きくて、硬い先端が押し当てられた。
きて、きて…きて、きて……。
口にする言葉は、すべてうわごとの声音で。
わたしはミュルバッハのやわらかい猫毛の頭髪を、指先でもみくちゃにする。
はいってくる、ミュルが、はいってくる。
いやだ……じらさないで。
「ミュル、きて、はやく、はや…く」
恥ずかしげもなく、声を上げてわたしはミュルバッハに懇願する。
「お…ねが、い、おねが…い」
と、それまでずっと、くちびるを食いしばって一言も洩らすことがなかったミュルが、ひとつ、苛立たしげな溜息を吐き出した。
「ちっ…くしょ、ワガママばっか言いやがってよ。んな、急かすなっ…て」
ミュルバッハの指先が、ちいさな柔らかい包皮をくるりと剥いて、わたしの陰核を舐る。
突き刺すような快感が走り、わたしは短く悲鳴を上げた。
そして、何かを噛みしめるみたいな呻き声を洩らして、ミュルバッハがわたしの腰を強く引き寄せる。
ずくん、と。
行き止まりに強く、ミュルの先端が押し当たる。
わたしは唐突に、そして激しく、オルガスムスに達した。
ミュルの大きなペニスを、わたしの膣内は、激しく絞って締め付ける。
その熱くて硬いものに襞を押し返され、わたしの内側は、波が打ち寄せるように快楽を感じて、さらに蕩け出していく。
どうしよう、どうしよう。
いい。
すごく……いい。
わたしは、知らずミュルの頬に、自分の鼻先を擦り付けていた。
ちくちくと、伸びかけの髭が肌に刺さる。
「ミュルの、きもちいい……すごく、きもちいいよ」
ひどく幼稚な語彙で口走って、わたしは、ミュルバッハの耳朶をくちびるでついばんだ。
「もっと…して、もっと、いっぱい」
ミュルバッハは、奥深くまでわたしを貫いたまま、腰の動きを止めている。
激しさを増す息遣いを押し殺しきれないようで、時折、そのくちびるから洩れ出すのは、苦痛に呻くかのような唸り声だった。
すると、ミュルが苛立たしげに声を震わせる。
「った…く、この『ゲイシャガール』が。お前…っとに、性能よすぎなんだよ」
そしていきなり、わたしのくちびるは、ミュルバッハの熱を帯びたくちびるにふさがれた。
互いの大きさが全然違うから、わたしにとっては、それはまるでくちびるを丸呑みにされるようなキスだった。
ねじ込まれてくる舌は、熱くて長い。
あらゆるところを蹂躙するみたいにまさぐり尽くされて、わたしは頭を強く殴られたような衝撃に打ちのめされる。
ミュルバッハは、始めた時とまったく同じように、ごく唐突にくちづけを終えた。
そして、「知らねえぞ、俺、すげぇ溜まってるからな……ナナミ」
と言って、身体を繋げたまま、わたしを部屋の奥のベッドへと運んで行く。
良く考えたら、ミュルとキスするの、初めてだったかもしれない、と。
そんなことをぼんやりと考えていると、わたしはベッドの上に押し倒される。
口の中にバーボンの匂い。
さっき……ミュルが飲んでたのって、レッドトップだっけ?
って思った瞬間に、引き戻した腰を、ミュルバッハが一気に、わたしの身体へと、強く強く打ち付けた。
ミュルバッハが身体を揺らすたび、大きいけれど、どうやら安物らしいベッドが、ひどく軋んで。
そして、じゅくじゅくと、いやらしい水音がした。
ミュルはまだ一度も「出して」ないから、それはみんな「わたし」の音だ。
ああもう、どうしようって、いたたまれなくなりそうなほどに、卑猥に響く音……。
思わず両手で顔を覆いながら、わたしはなぜだか、
「ミュル……いっぱ…い、いっぱい、ぬれてる、も、ぐちゃぐちゃに、なってるよ」とか。
そんな訳の解らんようなことを口走っていた。
ミュルバッハからの返答は、荒々しい呼吸音だけ。
すごい勢いで、わたしの中で抽送を続けている。
もっともっと奥に当ててほしくて、わたしは無意識に膝を立て、足首を掴んで両足を引き寄せていた。
でもミュルの動きがあまりに激しく、指先はすぐに足首から滑り解ける。
幾度かそんなことを繰り返してると、ミュルバッハが、わたしの両足を掴んで、自分の肩に載せた。
腰が高く持ち上げられる。
わずかに視線を落とすだけで、ミュルが出し入れを続けている部分が、わたしにもはっきりと見えた。
あらためて自分の腿の太さと対比してみれば、ミュルのペニスは、怯む気持ちが芽生えるほどに巨大だった。
溜息でも悲鳴でもない声を洩らしながら、わたしは大きくかぶりを振る。
「っあ、んっ、おっきい、ミュル、すごい、おっき…い」
ただひと声、唸るだけの余裕のない返答をして、ミュルはさらにわたしの奥をえぐった。
ミュルがあまり揺すぶるから、嵐の中、小舟にでも乗っているようで。
わたしは懸命に、ミュルバッハの硬くて太い腕へとしがみつく。
……あ、れ?
なに、これっ…て?
ふと、そんな奇妙な感覚に襲われた。
堪えきれずに爆ぜたミュルバッハは、熱い粘液を吐き出しながら出し入れを繰り返していた。
「ミュ…ル、いった、の?」
内側が、自分のとは違う熱い液で潤わされているのを感じながら、激しく腰を動かし続けるミュルバッハに、こう訊ねる。
吼え声で返事をして、ミュルバッハが唾をゴクリと飲み下した。
「…も、こんな、一回出したくらいじゃ、ぜんぜん、収まん…ねえよ、ナナミ」
ミュルバッハの唸るような声に、わたしの内腿がビクリと痙攣した。
「うんっ、い…く、わたしも、い…く」
そして、ミュルの熱が、ズシリと奥の奥に戻って来た瞬間に、わたしは泣きそうになりながら達した。
その後すぐ、わたしはうつぶせにひっくり返されて、バックからさんざんに打ち据えられる。
貫かれながら乳房を揉みしだかれるのが、いつになくすごく良くて、ミュルの手が止まるたび、もっともっととせがんでは、わたしは何度もイッった。
途中、ミュルをベッドに押し倒して、わたしの方が、その大きな身体にも跨ってもみた。
好きなように腰を動かして、色んな場所を擦れさせるのは気持ちいいし、ミュルの反応を見るのも面白い。
でもやっぱり、段々にくたびれてはくるから、そんなに長くは続けられなかった。
それでも、わたしは、ミュルの上で二回は達する。
いつものことながら。
ミュルは、短い吠え声と呻き声を上げる以外は、終始無言で、わたしを攻めたていたけれど。
達しすぎたわたしが、もう声も出せなくなると、クリトリスを指先でゆるく押しつぶしながら、
「なんだよ、どうした? もっとエロいこと言えよ……ゲイシャガール?」と、わたしをなじった。
「M」の気はないはずだった。なのに。
なんだか、そのベタな煽り文句に下腹がギュと疼いてしまって、わたしは、ミュルのふっくり厚い下くちびるに齧りつく。
甘噛みして舌でくすぐっているうちに、ミュルがまた、わたしの中に白濁を放つ。
キスを止めて、わたしが慌てて、
「あ、まっ…て、ミュル、ついて、わたし…も、いく、また、い…くの」
と言うと、ミュルは出しながらも腰を動かしてくれたから、わたしもそこで、最後にもう一回達することができた。
腰の痙攣が止み、荒い息遣いが少しずつ静まってきたところで、ミュルバッハは、ずるりと、わたしの上で力をなくす。
そして、スーピーと、すごぶる盛大な寝息が、静まり返った部屋に響きわたり始めた。
巨大な砂袋のように重たいミュルの身体の下から、懸命に身体をよじって抜け出し、わたしは、古びた壁紙の天井を見上げてひとつ瞬き、
「……ああ、スカッとした」
と、つぶやいた。
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