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9 いつの間にかわたしも、そのまま、ミュルバッハの横で丸まって寝ていた。 ミュルの部屋はカーテンもない古いロフトだったから、差し込んでくる朝日がまぶしくて、かなり早い時刻に、わたしは目覚める。 部屋の住人の方は、さすがに慣れっこなのか、朝日に燦々と頬を照らされていても、一向に目を覚ます気配もなく、時折、ちいさないびきをかいていた。 一度、家に帰ろうか。どうしようか。 でも、なんかここ、めちゃくちゃ署に近いからなあ。 シャワー借りて直接出勤した方が楽なんだけど……。 うーん。プリシンクトのロッカーに、なんか着替え置いてあったっけ? あ、でも、ここんちのバスルームって、あんまり綺麗じゃないかもね。 ほら、なんだっけ? 昔のアレで……アレじゃない? 男やもめにうじがわく? だっけ。 ミュルは別に「やもめ」じゃないけども。 うん、ともかく、ちょっと洗面所は借りたいかな。 おっきい安物のベッドから、わたしは転がり落ちるようにして起き上がる。 と、いきなり手首を掴まれた。 「……どこ…いくんだよ」 と、ミュルの声。 「トイレ、かして」 ミュルバッハは短く低く唸ると、わたしから手を離した。 そして、ヒグマめいてノソノソ身体を起こす。 わたしは手近のブランケットを取って、裸の身体に巻き付けた。 なんだか、沈黙が妙に気まずい。 「ミュルって、こんな署の傍に住んでたんだ?」とか、すごくどうでもいいことを口にしてしまう。 「……こんなに近いんじゃ、バーから女の子を連れ込みやすくっていいね」って。 ついでにこんな皮肉も吐くと、ミュルが、ぎゅっと眉根を寄せた。 「うるせえ、あの店なんかできる前から……別の分署でユニフォームやってた頃から、ここ住んでんだ」 ふうんと、適当に相槌を打って、わたしはバスルームへ向かおうと足を踏み出す。 するとドロリと、奥の方から熱を帯びたものが流れ出てきた。 背筋がぞくりとする。 とっさに足の付け根に掌を押し当て、目を閉じると、わたしは、ずるずるとその場にへたり込んだ。 膣内(なか)から溢れ出てきた熱い粘液が、指に絡みつく。 「ふっ…んんっ」 噛み殺しきれなくなった声が、わたしのくちびるから洩れ出した。 ふと瞼を開けると、いつの間にか、目の前にミュルバッハが座り込んでいる。 巻きつけて胸元で寄りあわせていたブランケットの裾が、ミュルの指でめくり上げられた。 陰部を押えているわたしの左手を、ミュルバッハが掴む。 「や、だ…」 ヤメろと、凄んでみせようと思ったのに。 口から出たのは、嫌になるほど頼りなげな女の嬌声めいた響きで。 わたしは、悔しくて頬の内側を噛みしめる。 ミュルは汚れたわたしの指先を、舌を使っていやらしくひと舐めすると、その場で、わたしを押し倒そうとした。 「ちょ……! やめ」 さすがにわたしの声も、普通に戻る。 「あんたね、ミュル。これから、われわれ、出勤……」 「まだ時間ある」 「あっても、やだ」 あのね、こっちはガサツなあんたとちがって、色々用意があるの。 それに、もう、これ以上は。 ……無理だってば。 なのに、わたしを押さえつけるミュルの力は、微塵も緩まない。 ああ、もうっ! って、イラッとしたところで、ちょうど、手を伸ばせば届きそうな椅子の上に、ミュルのM650が置かれているのに気づいた。 わたしは身体ごと伸びをして、グリップを掴む。 重っっ。 片手で持ち上げたら、うっかり手首を捻挫しそうな重量だった。 汚れた左手も添えて、わたしは銃をミュルに向ける。 「『ヤメろ』って、言ってるの」 ご自慢の巨砲M650のマズルが、自分を向いていることに気付いて、ミュルバッハの表情が固まる。 「わ、な、ナナミ……解ったから、とにかくそれ、置けよ、な」 というか、ミュル。見たことないほどマジで恐怖に震えた顔してるし……。 その怯えようときたら、ちょっと半端ない。 あ? まさか、あれですか。 射撃の定期評価、わたしが再チェックになってたこと、広まってる?  みんなで陰で、馬鹿にしてたとかってこと?   ……弾どこに飛んでくか解んないとか思ってるやがるな、こいつ?! ムカつくぅぅ。 とかなんとか、やや被害妄想な考えが、頭の中をぐるぐる回った。 しかしそれにしても、なにコレ、重すぎ。 銃っていうより、むしろ、鈍器。 まあいずれにせよ、一撃で即死ものだわね。 構えてるだけで手首が痛くなってきて。 腕なんか震えちゃって、照準なんか、もうぜんぜん合わせてられない。 ミュルバッハが、くちびる蒼くして凍りついたままだし、わたしは、ゆるゆると両腕を下ろして、手にした史上最強サイズのハンドガンを、ゴツンと床へと置いた。 ミュルの安堵の溜息が、妙にしんとした部屋に響き渡る。 「ナナミ、あのな」 ミュルバッハが、なにやら真面目な顔になった。 「……なによ」 じっと見つめてくるミュルの視線が、ひどく居心地悪い。 と、ミュルバッハが唐突に、いつものニヤケ顔に戻った。 「んな、エロいことして見せといてよぉ、お前……俺にガマンしろっていうのか」 「エロいこと」 なにそれ?  って、訊き返そうと思った刹那、ミュルの両手が、わたしの膝を割った。 「やだって、言ってるでしょうがぁぁ、もおぉぁっ!!」 と、完全にマジギレしたわたしの声が、聞こえてるんだかいないんだか。 ミュルバッハは、わたしの太腿の奥に顔を埋めた。 舌先で器用に、閉じ合わさった襞を押し開いて、あふれ出てきているものを舐めとる。 「いや」なのは、まったくもって本当なのだけど。 すっかり敏感になり切ったその部分への、やわらかくてあたたかい舌の刺激は、あまりにも心地良すぎた。 膣内(なか)が、ゆっくりと痙攣を始めて、ミュルバッハの名残が入口から溢れ出す。 そして、ミュルのだけじゃなくて、わたし自身の蜜液もまた新しく溶け出して。 やだ、やだ。やめてよ、ミュル……。 と言いながらも。 多分、ホントにそこで止められたら堪らなくなるって。 自分でも解っているのに、わたしは、じたじたと足を動かしては、腰を捻る。 ミュルの舌が、中の方へと差し入れられた。 短く悲鳴を上げて、わたしは達する。 まなじりから、ぽろりとひと粒、涙がこぼれた。 「挿れるぞ」 身体を起こし、ミュルが耳もとで低く言った。 熱の塊が、下から押し入ってくる。 くちびるからは、また悲鳴。 ずくずくと侵入してくる熱いものが、わたしの中で行き止まりをえぐり上げた。 ミュルバッハが、ひとつ深く、震える息を吐き出す。 「ば、か……ばか、ばかおとこ」 二の腕に爪を立てて、あらん限りの気力を振りしぼって責めなじってるのに。 ミュルバッハは、そんなことなどまるで意に介さぬと言ったように、さっそく腰を振り始める。 昨夜よりも、ずっと粘度を感じさせる液音が、ずちゅり、ずちゅりと、朝日で白くまぶしい部屋に響く。 抽送のたびに、奥から、蜜と白濁がまじりあった液体が掻き出されてきて、わたしの内腿とヒップと、そして、床を濡らした。 もう、十分すぎるほど欲望を貪っていて。 これ以上は無理だと、身体は悲鳴を上げているはずなのに、擦り上げられる部分からは、それでもなお、ぬるくて鈍い欲望がぷつぷつと生み出されて膨らんで。 おそらく、もうすぐであろう絶頂の到来を、子宮が感じ取る。 「や、だ……ミュルのば、か…ぁ」 言ってわたしは、ミュルバッハの硬い三角筋に、さらにきつく爪をくい込ませた。 「いいから……イケよ、ゲイシャガール」 ミュルが、ずくんとわたしを突き上げる。そして言われるがままに、わたしはオルガスムスに達した。 締め付けを味わうかのように、じっと奥に自らを埋めたままにしていたミュルが、唐突に腰を引き戻す。 呻き声と、太腿にちいさく飛んできた飛沫の温みで、わたしは、ミュルが外で爆ぜたことを感じ取った。 エクスタシーの大波が引くやいなや、わたしは床の上の枕を取ると、ミュルバッハの横っ面を、思いっきりはり倒した。 避けようと思えば避けられただろうし、腕を掴んで止めようと思えば、そうできたに違いないのに。 ミュルは黙ったまま、ボスンボスンと、わたしに枕でぶたれ続ける。 ああ、もうね。 こいつは体力だけが自慢の筋肉馬鹿だって、そんなことは百も承知だけどね。 「ミュル! あんた、ものごとには、限度ってものが」 と、言いかけるわたしを、ミュルバッハが遮った。 「ちくっしょう……お前なんか!」 それはすごく太い声で、かなりの剣幕だったから、わたしも思わず怯んで黙る。 「お前なんか……どうせ俺のこと『都合のいいデカい肉棒』ぐらいにしか思ってないくせに!」 え?  いやあ……そんな。 そこまで下品なことは。 あっと、ええ……そう、だね、うん。 そうかも。思ってるかもね。 って、でもさあ? 「じゃ、あんたはどうなのよ、ミュル」 そうだよ、ひとのこと言えるのか? 「俺は…だから、前も言ったとおり、お前とつきあいたいって」 えー? ……やっぱ、またそれかい。 「んな、肉棒扱いなんか、嫌なんだよ……だから、もうお前と会わないとか思ったけどよ、でも」 でも、何? 「結局、誘われたら……尻尾振ってホイホイついていっちまったし」 うん。そうだね、ごくあっさりね。 わたしは、ふたたびブランケットを身体にぐるぐる巻きつけると、床の上に胡坐座になった。 「だからさ、もう、いいじゃん、ミュル? そんなゴチャゴチャ面倒くさいこと言わないでも。前も言ったけどさ、お互い『したい』んだしさ、それで、お互いにしたいときにすれば」 ミュルの方は素っ裸のまま、わたしの前で俯いて、床を見つめている。 黙り込んでるミュルバッハの顔を、わたしはちょっと覗きこんでみた。 ミュルバッハが、下を向いたまま何やらブツブツ言い始める。 「別に…それはお前の自由で、俺と寝ようが誰と寝ようがって……んなこた解ってんだけどよ、でもよ」 ああ、もう、だーかーらー。 「でもよ」、何? 「……やりまくって、お前を、もうめちゃくちゃ、腹いっぱいになるまで満足させてやればよ、ナナミ。そしたら…お前も、他のヤツと寝たりする気にもなんねえんじゃないかとか、そんなことも思っちまうし」 あ……? 何言ってんだ、こいつ。やっぱアホ? 正真正銘のアホだわ。アホバッハ。 「まったくだね、ミュル。わたしが誰と寝ようが、あんたの知ったこっちゃない」 心底から、つめたーい声を出して言い放ってやると、ミュルが、ガバッと顔を上げた。 「っていうか!!  寝てんのかよ、ナナミ?! あの、いっつもツンツン澄ましかえってやがる、あいつ…クレイトンとか、他にもよ」 え、誰。 「あいつ」? クレイトン??    えぇぇぇぇっっっ! 「ジョシュ」かいぃ?! まったく。こいつは。 言うにことかいて、ジョシュってさ?! 開いた口がふさがらないとは、このことだ。 で、それでもって? なによ「他」って、誰よ、ほかってのは?! もうね。 怒るの通り越して、呆れた。 ホント呆れた。 「ミュル、あんた。馬鹿馬鹿しくって、話になんない」 わたしはすっくと立ち上がり、ミュルを完全無視して、床に点々と散らばっている服を拾い集めた。
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