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いつの間にかわたしも、そのまま、ミュルバッハの横で丸まって寝ていた。
ミュルの部屋はカーテンもない古いロフトだったから、差し込んでくる朝日がまぶしくて、かなり早い時刻に、わたしは目覚める。
部屋の住人の方は、さすがに慣れっこなのか、朝日に燦々と頬を照らされていても、一向に目を覚ます気配もなく、時折、ちいさないびきをかいていた。
一度、家に帰ろうか。どうしようか。
でも、なんかここ、めちゃくちゃ署に近いからなあ。
シャワー借りて直接出勤した方が楽なんだけど……。
うーん。プリシンクトのロッカーに、なんか着替え置いてあったっけ?
あ、でも、ここんちのバスルームって、あんまり綺麗じゃないかもね。
ほら、なんだっけ?
昔のアレで……アレじゃない? 男やもめにうじがわく? だっけ。
ミュルは別に「やもめ」じゃないけども。
うん、ともかく、ちょっと洗面所は借りたいかな。
おっきい安物のベッドから、わたしは転がり落ちるようにして起き上がる。
と、いきなり手首を掴まれた。
「……どこ…いくんだよ」
と、ミュルの声。
「トイレ、かして」
ミュルバッハは短く低く唸ると、わたしから手を離した。
そして、ヒグマめいてノソノソ身体を起こす。
わたしは手近のブランケットを取って、裸の身体に巻き付けた。
なんだか、沈黙が妙に気まずい。
「ミュルって、こんな署の傍に住んでたんだ?」とか、すごくどうでもいいことを口にしてしまう。
「……こんなに近いんじゃ、バーから女の子を連れ込みやすくっていいね」って。
ついでにこんな皮肉も吐くと、ミュルが、ぎゅっと眉根を寄せた。
「うるせえ、あの店なんかできる前から……別の分署でユニフォームやってた頃から、ここ住んでんだ」
ふうんと、適当に相槌を打って、わたしはバスルームへ向かおうと足を踏み出す。
するとドロリと、奥の方から熱を帯びたものが流れ出てきた。
背筋がぞくりとする。
とっさに足の付け根に掌を押し当て、目を閉じると、わたしは、ずるずるとその場にへたり込んだ。
膣内から溢れ出てきた熱い粘液が、指に絡みつく。
「ふっ…んんっ」
噛み殺しきれなくなった声が、わたしのくちびるから洩れ出した。
ふと瞼を開けると、いつの間にか、目の前にミュルバッハが座り込んでいる。
巻きつけて胸元で寄りあわせていたブランケットの裾が、ミュルの指でめくり上げられた。
陰部を押えているわたしの左手を、ミュルバッハが掴む。
「や、だ…」
ヤメろと、凄んでみせようと思ったのに。
口から出たのは、嫌になるほど頼りなげな女の嬌声めいた響きで。
わたしは、悔しくて頬の内側を噛みしめる。
ミュルは汚れたわたしの指先を、舌を使っていやらしくひと舐めすると、その場で、わたしを押し倒そうとした。
「ちょ……! やめ」
さすがにわたしの声も、普通に戻る。
「あんたね、ミュル。これから、われわれ、出勤……」
「まだ時間ある」
「あっても、やだ」
あのね、こっちはガサツなあんたとちがって、色々用意があるの。
それに、もう、これ以上は。
……無理だってば。
なのに、わたしを押さえつけるミュルの力は、微塵も緩まない。
ああ、もうっ!
って、イラッとしたところで、ちょうど、手を伸ばせば届きそうな椅子の上に、ミュルのM650が置かれているのに気づいた。
わたしは身体ごと伸びをして、グリップを掴む。
重っっ。
片手で持ち上げたら、うっかり手首を捻挫しそうな重量だった。
汚れた左手も添えて、わたしは銃をミュルに向ける。
「『ヤメろ』って、言ってるの」
ご自慢の巨砲M650のマズルが、自分を向いていることに気付いて、ミュルバッハの表情が固まる。
「わ、な、ナナミ……解ったから、とにかくそれ、置けよ、な」
というか、ミュル。見たことないほどマジで恐怖に震えた顔してるし……。
その怯えようときたら、ちょっと半端ない。
あ?
まさか、あれですか。
射撃の定期評価、わたしが再チェックになってたこと、広まってる?
みんなで陰で、馬鹿にしてたとかってこと?
……弾どこに飛んでくか解んないとか思ってるやがるな、こいつ?!
ムカつくぅぅ。
とかなんとか、やや被害妄想な考えが、頭の中をぐるぐる回った。
しかしそれにしても、なにコレ、重すぎ。
銃っていうより、むしろ、鈍器。
まあいずれにせよ、一撃で即死ものだわね。
構えてるだけで手首が痛くなってきて。
腕なんか震えちゃって、照準なんか、もうぜんぜん合わせてられない。
ミュルバッハが、くちびる蒼くして凍りついたままだし、わたしは、ゆるゆると両腕を下ろして、手にした史上最強サイズのハンドガンを、ゴツンと床へと置いた。
ミュルの安堵の溜息が、妙にしんとした部屋に響き渡る。
「ナナミ、あのな」
ミュルバッハが、なにやら真面目な顔になった。
「……なによ」
じっと見つめてくるミュルの視線が、ひどく居心地悪い。
と、ミュルバッハが唐突に、いつものニヤケ顔に戻った。
「んな、エロいことして見せといてよぉ、お前……俺にガマンしろっていうのか」
「エロいこと」 なにそれ? って、訊き返そうと思った刹那、ミュルの両手が、わたしの膝を割った。
「やだって、言ってるでしょうがぁぁ、もおぉぁっ!!」
と、完全にマジギレしたわたしの声が、聞こえてるんだかいないんだか。
ミュルバッハは、わたしの太腿の奥に顔を埋めた。
舌先で器用に、閉じ合わさった襞を押し開いて、あふれ出てきているものを舐めとる。
「いや」なのは、まったくもって本当なのだけど。
すっかり敏感になり切ったその部分への、やわらかくてあたたかい舌の刺激は、あまりにも心地良すぎた。
膣内が、ゆっくりと痙攣を始めて、ミュルバッハの名残が入口から溢れ出す。
そして、ミュルのだけじゃなくて、わたし自身の蜜液もまた新しく溶け出して。
やだ、やだ。やめてよ、ミュル……。
と言いながらも。
多分、ホントにそこで止められたら堪らなくなるって。
自分でも解っているのに、わたしは、じたじたと足を動かしては、腰を捻る。
ミュルの舌が、中の方へと差し入れられた。
短く悲鳴を上げて、わたしは達する。
まなじりから、ぽろりとひと粒、涙がこぼれた。
「挿れるぞ」
身体を起こし、ミュルが耳もとで低く言った。
熱の塊が、下から押し入ってくる。
くちびるからは、また悲鳴。
ずくずくと侵入してくる熱いものが、わたしの中で行き止まりをえぐり上げた。
ミュルバッハが、ひとつ深く、震える息を吐き出す。
「ば、か……ばか、ばかおとこ」
二の腕に爪を立てて、あらん限りの気力を振りしぼって責めなじってるのに。
ミュルバッハは、そんなことなどまるで意に介さぬと言ったように、さっそく腰を振り始める。
昨夜よりも、ずっと粘度を感じさせる液音が、ずちゅり、ずちゅりと、朝日で白くまぶしい部屋に響く。
抽送のたびに、奥から、蜜と白濁がまじりあった液体が掻き出されてきて、わたしの内腿とヒップと、そして、床を濡らした。
もう、十分すぎるほど欲望を貪っていて。
これ以上は無理だと、身体は悲鳴を上げているはずなのに、擦り上げられる部分からは、それでもなお、ぬるくて鈍い欲望がぷつぷつと生み出されて膨らんで。
おそらく、もうすぐであろう絶頂の到来を、子宮が感じ取る。
「や、だ……ミュルのば、か…ぁ」
言ってわたしは、ミュルバッハの硬い三角筋に、さらにきつく爪をくい込ませた。
「いいから……イケよ、ゲイシャガール」
ミュルが、ずくんとわたしを突き上げる。そして言われるがままに、わたしはオルガスムスに達した。
締め付けを味わうかのように、じっと奥に自らを埋めたままにしていたミュルが、唐突に腰を引き戻す。
呻き声と、太腿にちいさく飛んできた飛沫の温みで、わたしは、ミュルが外で爆ぜたことを感じ取った。
エクスタシーの大波が引くやいなや、わたしは床の上の枕を取ると、ミュルバッハの横っ面を、思いっきりはり倒した。
避けようと思えば避けられただろうし、腕を掴んで止めようと思えば、そうできたに違いないのに。
ミュルは黙ったまま、ボスンボスンと、わたしに枕でぶたれ続ける。
ああ、もうね。
こいつは体力だけが自慢の筋肉馬鹿だって、そんなことは百も承知だけどね。
「ミュル! あんた、ものごとには、限度ってものが」
と、言いかけるわたしを、ミュルバッハが遮った。
「ちくっしょう……お前なんか!」
それはすごく太い声で、かなりの剣幕だったから、わたしも思わず怯んで黙る。
「お前なんか……どうせ俺のこと『都合のいいデカい肉棒』ぐらいにしか思ってないくせに!」
え?
いやあ……そんな。
そこまで下品なことは。
あっと、ええ……そう、だね、うん。
そうかも。思ってるかもね。
って、でもさあ?
「じゃ、あんたはどうなのよ、ミュル」
そうだよ、ひとのこと言えるのか?
「俺は…だから、前も言ったとおり、お前とつきあいたいって」
えー?
……やっぱ、またそれかい。
「んな、肉棒扱いなんか、嫌なんだよ……だから、もうお前と会わないとか思ったけどよ、でも」
でも、何?
「結局、誘われたら……尻尾振ってホイホイついていっちまったし」
うん。そうだね、ごくあっさりね。
わたしは、ふたたびブランケットを身体にぐるぐる巻きつけると、床の上に胡坐座になった。
「だからさ、もう、いいじゃん、ミュル? そんなゴチャゴチャ面倒くさいこと言わないでも。前も言ったけどさ、お互い『したい』んだしさ、それで、お互いにしたいときにすれば」
ミュルの方は素っ裸のまま、わたしの前で俯いて、床を見つめている。
黙り込んでるミュルバッハの顔を、わたしはちょっと覗きこんでみた。
ミュルバッハが、下を向いたまま何やらブツブツ言い始める。
「別に…それはお前の自由で、俺と寝ようが誰と寝ようがって……んなこた解ってんだけどよ、でもよ」
ああ、もう、だーかーらー。
「でもよ」、何?
「……やりまくって、お前を、もうめちゃくちゃ、腹いっぱいになるまで満足させてやればよ、ナナミ。そしたら…お前も、他のヤツと寝たりする気にもなんねえんじゃないかとか、そんなことも思っちまうし」
あ……?
何言ってんだ、こいつ。やっぱアホ? 正真正銘のアホだわ。アホバッハ。
「まったくだね、ミュル。わたしが誰と寝ようが、あんたの知ったこっちゃない」
心底から、つめたーい声を出して言い放ってやると、ミュルが、ガバッと顔を上げた。
「っていうか!! 寝てんのかよ、ナナミ?! あの、いっつもツンツン澄ましかえってやがる、あいつ…クレイトンとか、他にもよ」
え、誰。
「あいつ」?
クレイトン??
えぇぇぇぇっっっ! 「ジョシュ」かいぃ?!
まったく。こいつは。
言うにことかいて、ジョシュってさ?!
開いた口がふさがらないとは、このことだ。
で、それでもって? なによ「他」って、誰よ、ほかってのは?!
もうね。
怒るの通り越して、呆れた。
ホント呆れた。
「ミュル、あんた。馬鹿馬鹿しくって、話になんない」
わたしはすっくと立ち上がり、ミュルを完全無視して、床に点々と散らばっている服を拾い集めた。
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