君のシャツの左胸にケチャップ

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君のシャツの左胸にケチャップ

 お昼はオムライスだったのかな、と私の顔はほころぶ。 「殺されてきたの?」  そして口では全然違うことを言ってみる。  君はピンと来ていないみたいで、私が白シャツの左ポケットを指差すと、うわ、と赤縁メガネの下で目をまぬけに見開いた。  左胸のちょうど上に、赤いシミが薄く広がっている。気付かないうちに付着して、鞄のヒモか何かでこすれたんだろう。 「ある意味では死んできたかも」 「そんなに美味しいオムライス?」 「北部食堂やから」  北部食堂は、この大学の学食の中で一番味が良い。オムライスの卵もふわっふわ。火曜日の彼は、午後の初めに北部で授業を受けているから、先に移動したのだろう。  だけど今、私たちがいるのは南部講堂の吹き抜けの下にある休憩スペースで、おまけに今日、七月上旬の京都は32度だ。そして北部までは自転車でも5分はかかる。 「つまり、味と暑さにやられたんか」 「舌も熱さでやられた。三重苦」 「大丈夫?」 「水が美味しい季節ですね」  そう言いながら、君が飲んでいるのはトマトジュースだ。自販機で売っている350グラム120円の缶をちびちび飲んでいる。やれやれ、どれだけトマトが好きなんだ。  ちなみに、炭酸以外の缶の飲料は「グラム」だということも、君から教わった。 「トマトはなぜ赤いか知ってる?」 「リコピン」  ピンポーン、と言いながら、君は人差し指を弾き出す仕草を見せた。それはデコピン。 「イチゴも、リンゴも、赤パプリカも、やっぱりリコピンなんかな」 「それは知らん」 「あ、そうなんや」  私はリプトンミルクティーの紙パックの残りを一気に飲み干す。ストローを通して、口の中がホワイティになっていく。紙パックは500「ミリリットル」。これも教えてもらった。  リプトンとリコピン。なんか兄妹みたい。飲んでいるのは逆だけど。  孝明(たかあき)は、私の義理の兄。  数ヶ月差の、同い年。同じ大学、一回生。私は文系、彼は理系。  そして二人は、恋人どうし。 「よし、殺されに行くか」 「今日はどこまで?」 「せっかくだから、このケチャップになぞらえよう」  しばらく意識から抜けていたけど、君には、そのケチャップが織り成す薄い赤味を落とす気とか無いのだろうか。トイレは20メートル向こうにあるよ? 「赤いものを追っていく」 「死体?」 「それも一興」  君は飲み終わった缶を持ち、自転車のカギを揺らして席を立つ。  良ければ私がそのシャツ洗うよ? こんな快晴なんだから、洗濯して陽に当てたらリコピンの色が云々。  何より、こんな酷暑、私が死体になっちゃいそうだ。 ***  中学生のとき、親どうしの再婚で私たちは家族になった。  お互いにきょうだいはいなかったから、すごく新鮮だった。  多感な時期なのに、好奇心豊かな私たちは、何のためらいもなく仲良くなった。恥じらいもないから、親に呆れられるくらいしょっちゅう二人で遊びに行った。同じ大学に入って下宿を始めると、すぐに恋人になった。節操もない。  お相手のどこが好きなのかと言われたら、少し説明が難しい。  せっかくさらさらな黒髪はしょっちゅうボサボサ。服は適当、シャツは気付くとよれよれで、ジーンズはよく勝手にダメージを受けている(本人曰く「自然現象を大事にした結果」)。  イケメンというよりは可愛い系、でも面長で眉毛は太い。メガネを取ったら横顔は割としゃきんと整っているけど、両目視力0.1の男にそれを要求するのは酷だ。寝起きだとバッチリ見られるけどね。ふふ。 ***  君の赤いクロスバイクが私を先導していく。  京都の中心部は大きな坂が少ないから、自転車にとっては天国のような地だ。  照りつける太陽とアスファルトの照り返しさえなければ。 「なあ、帽子くらい取りに帰ったらアカン?」 「下宿に帰ると遠回りやん」 「せやけど」 「あと、たぶんクーラーつけて動けなくなる」  それも一理ある。  15時半を回っているのに、まだまだ京都は猛烈に熱い。  地球から見える昼間の太陽は黄色だけど、今日はもう真っ赤といって差し支えない。子供がクレヨンでめためたに塗り潰したような赤色。  身勝手なフィーバーに付き合わされて、きっと後で君の肌は真っ赤に焼ける。私は日焼け対策をしているから、白いまま。たぶん。汗かいてるけど。  赤いシミ、赤い自転車、赤い肌。白いスカート、白い自転車、白い肌。  君が赤、私が白。  逆・紅白歌合戦だな、なんて思う。  近衛通を西に進み、荒神橋で鴨川を渡る。青空が南北に広がる。緑色に生い茂った木々は適度に風に揺れ、川の水は心地良いリズムで南へと流れていく。  御所にでも行くのかと思ったら、君はしばらくすると左折して河原町通を下っていく。それなら鴨川沿いを進んだ方が心地良かったのに。気まぐれな人だ。 「どこまで行くん?」 「赤といえば」  なんとなく分かった。ほーい、と適当に返事を投げる。  ここに、「チャリ部」を結成する!  大学に入学したときに、二人でサークルを作った。  せっかく京都という歴史ある街に来たのだから、チャリで隅々まで巡ることにより、学びを深めていこうではないか。  活動は毎週一回。メンバーはこの二人だけ。要するに、単なるデートの口実だ。付き合いたてだったから、どこか浮ついていたのだろうとも思う。  丸太町通で止まる。びっくりドンキーの仰々しい看板をぼんやり眺めて、信号が赤から変わるのを見ると、また南へとこぎ始める。  高い建物が増えてきて、西側の通りは陰の中だ。途中で右折して、御池通を西へと進む。  ずっと君の後を追っている。追いかけ続けて、私はアリス。模様を追いかける連想で、先に「マトリックス」を思い出したけど、アリスの方がもちろん可愛い。  広々とした道。青空をはるか先まで伸ばすと、遠くに山が見える。気分良く突っ走り、途中で曲がったりしていると、ようやく目的地に着いた。 「いいレンガですねえ」 「いいレンガですなあ」    初めて見る京都文化博物館は、赤レンガの建物。左右対称、ところどころ白い石でオシャレして、中央と両端にあるグリーンのトンガリ屋根が良い味を出す。  明治時代に造られた、辰野金吾による建築。  辰野金吾は、東京駅や大阪の中之島公会堂など、赤レンガの建物ばかりを造ってきた建築家。要するに「赤マニア」。 「赤を追う、ってそういうことやってんな」 「そうそう、ぴったり」  寺社のイメージばかりが先立つけど、京都には近代建築がたくさんある。災害や戦争の被害が比較的少なかったおかげだ、と以前君に教えてもらった。  現に、その真横にも、別の赤レンガの建物がある。中京郵便局。 「もっとこういうオシャレなんが残ってたらええのになあ」 「日本は地震多いし、レンガはあんまり合わへんみたいやね」 「ああ、関東大震災とかで、東京の方は結構崩れたっていうもんな」 「うん。あとは普通に解体とかもな」  君が近代建築を好きなのは、神戸で生まれ育ったからなのかな。  身近に、潮風と近代の名残を感じて歳を重ねてきたからかな。 「ちなみにここも中は改装されてるけど、なんとか外側だけ残してるらしい。ファサードっていうか。保存の声が根強かったおかげらしくて、やっぱり良い物はいつの時代も良いんやなって」  そんな風に、古い建築を見つめている君の横顔を、私は愛している。  美しい物を愛おしみ、往時に想いを馳せる姿。メガネをかけていてもこのときだけはイケメンに見える。神戸っ子だと信じあげてもいい。  その割に、君は工学部建築学科ではなく、理学部という謎に満ちた選択をした。 *** 「ほんま、なんで理学部なん?」 「趣味と実益は違う。物理学科で宇宙論がしたい」  宇宙で実益……?   私たちは、烏丸通沿いにある、旧北國銀行の一階にあるカフェで休憩している。  ここは、大正時代からの、直方体の端にグリーンのトンガリ屋根がある建築で、辰野さんの事務所による物。当然のように、赤レンガ。 「火星のウイルスを取って培養してばらまいたり?」 「うーんそれは化学(ばけがく)の仕事ちゃうかなあ」  たぶん、その返答は少しズレている。  一階のフロアの天井は高くて、白い壁と白いテーブルクロス、そして木目の床が合わさり、大人びた雰囲気。  銀行としての役目を終えた後、現在この建物は雑貨屋やカフェ等に転用されている。建築には、こういう残し方もあるのだ。  君はカフェラテ、私はブラック。  女っぽいところがあるよな、とはずっと思っていた。だからこそ、最初から警戒心も無く仲良くなれたのかもしれないけど。  たとえば表情も変えずにファミレスでイチゴパフェを頼んだりするのは、なかなかの強者の証拠で、かつちょっぴり安心できる。 「ここ出たら、そっちの番」 「何が?」 「テーマは赤い物」  またあの炎天下に飛び出すのか、と辟易する。「赤ならここにあるやーん、あ・か・い・い・と」という浮かんだばかりのしょうもない言い訳は、アイスコーヒーの闇の中にでも溶かしてしまえ。  烏丸通を行く救急車の音。白と赤の車が出す警報。 「じゃあ、救急車を追いかけよっか」 「野次馬はあんまり良くないな」  サイレンの音程が下がっていく。音のドップラー効果。 「赤方偏移でも追いかける?」 「遠ざかっていく星か、素敵やん」  この冗談には乗っかってくれた。  光のドップラー効果。地球から遠ざかる銀河が見せる赤い光。私たちの走るスピードなんかじゃ一生追いつけない輝き。もちろん、これも、君から教えてもらった事象。  君は、そんな世界を追いかけようとしている。途方もなくて、想像もつかないね。 ***  結局、私たちは再び外の熱気に出迎えてもらう。  夕方だから、少しだけ蒸し暑さは薄らいでいるけど。  私は東の方へ向けて自転車をこぎ始める。烏丸通のオフィス街を南下して、四条通へ左折する。  繁華街には人も車も多くて少し危ない。進むペースはさっきほど速くないけど、君はちゃんと合わせて後ろについてきてくれている。  四条河原町にはマクドナルドがあるけど、京都だからシックな暖色に塗られている。景観条例があるから、華美な配色の建物は禁止されている。  そうか、と改めて思った。京都は赤が少ない街だ。 「血塗られた歴史ならいっぱいあるのにな」 「刀傷の跡があるのって、三条大橋やっけ」  そんな会話をしながら、私たちは四条大橋を渡っていく。北側の一つ向こうには、その三条大橋が小さく見える。  橋の下を見ると、いつの間にか、川床が始まっている。暑い時期には、納涼が付き物。  ここから東は歩道が狭い。車道を通るのも怖い。自転車を押して、人混みの中をてくてく歩いていく。  庇の下とは言え、風を感じなくなると、途端に暑さが舞い戻ってくる。店の前からの冷房の風が心地良くて、時々立ち止まりそうになる。  そうこうしているうちに、目的地に着いた。 「はい、私の赤色」  八坂神社の朱塗りの門が、道を隔てて向こう側に堂々とそびえ立つ。 「定番やな」 「ええやん別に」  好きなんだから、仕方がない。  君が近代建築を好きなように、私は寺社巡りを好んでいる。  私は文学部生。日本史を専攻予定。歴史を愛して、古都に来た。  私が生まれ育ったのは、大阪の堺市。古墳、古刹、古い商家。独自の歴史が息づき、現代まで続いてきた街だ。小学六年生のとき、習いたての日本史を好きになったのは、きっと偶然じゃない。  近代以降の建築が好きな君。明治より前の歴史が好きな自分。  人類の過去を見つけ出したい自分。宇宙の過去を解き明かしたい君。  どこか似ているようで、やっぱり断絶がある。 「でも、ええチョイスやんちょうど。祇園祭の時期やないかな」 「そうやね」  祇園祭は、もう京都の七月を彩り始めている。今日も何かの行事らしく、人がたくさんいる。  山鉾巡業ももうすぐだ。今度のバイト、この八坂神社から出発やねん、と君は言う。学生バイトとして、行列の一員に加わるらしい。私は混み合う沿道から君の白装束を写真に収める予定だ。  自転車をこそっと置き、手を繋いで階段を登る。 「あれ、バイトの日、晩ごはんってどうするん?」 「差し入れあるらしい。赤飯って聞いた、嬉しいなあ」  赤飯くらいスーパーで買えるやん、と玉砂利を鳴らしながら私は笑う。ちょっと高そうやん、と君は言う。  私は赤飯がそんなに好きじゃないから、作る、とは言えなかった。  高校生の頃から、私たちは大阪の同じ家で暮らしてきた。  でも、やっぱり生まれた土地は違う。味わってきた食べ物も、身につけてきた生活習慣も、違う。  時々、そうして気付かされてしまう。  私たちには、直接の血縁が無いということの意味に。  そのおかげで恋人どうしになれた、というのは、それもそう。  だけど、いや、限界まで近い関係だからこそ、絶対に埋められない距離について想いを馳せてしまう。  異なるDNAを、体を巡る真っ赤な血液の違いを、考えてしまう。 ***  私は、小学二年生のときに父親を亡くしていた。  職場の火災に巻き込まれ、彼は紅蓮の中に命を落としてしまった。  一人っ子で、まだまだ甘えたい盛りだった私は、だからと言って気持ちの全部をお母さんには向けられず、適度に自分を抑えることを学んだ。  きっと、ずっと、心を分け合える存在を求めていた。  君が、現れてしまった。  君に「その役割」を求めてしまっている。そう気が付いたのは、高校三年生の夏だった。  当時の私は進路に迷っていた。歴史の中心、京都に行くかどうかについて。  日本史の資料集で見る京都の寺社に魅せられていた。梅雨時の閑かな空気を、苔の色で醸し出す西芳寺。秋の夕時、紅葉と茜空で温かな色に塗られた清水寺。それらが全部、すぐ手の届く場所にあってほしかった。  学力的にギリギリだった。地元が好きで、家から京都まで通うには少し遠いから迷っていたというのもあった。  君が、後を押してくれた。 「観たいと思ったもんはな、思ったときに観に行った方がええねん」  君はよく、口癖のようにそんなことを言う。  きっと小学生の頃、母親をガンで亡くしたから。旅行が好きな人だったらしく、入院中は、あの国に行きたいあの街に行きたいとぼやき続けていたらしい。  親の再婚のときも、だから、引っ越しまで含めてすぐに賛成したと聞いたことがある。新しい世界を見るのは楽しそうだから、と。  そして、高校三年生の八月、君は私を京都へと連れ出してくれた。  京阪特急のクロスシートに隣り合って、二人で行きたい所を次々に出し合った。京都の街をたくさん歩いて、たくさん笑って、一度きりじゃ満足できないと思って。  なんでも言い合える君が、手を引いてくれる君が、ずっと傍にいてほしくて。  既に京都の大学に行くと決めていた君から、離れたくなくて。  あの日から特別な感情がつのり、それは次第に、恋慕とごちゃ混ぜになってしまった。 *** 「よし、最後の場所、決めた」 「あれ、私が決める番やないの」 「まあええんちゃう」  適当やなあ、とか言いつつ自転車の所にまで戻り、今度は二人で横並びになり北上していく。  日が沈んでいく。これから夕焼けの時間へと向かっていき、太陽はいよいよ本当の見た目も真っ赤に染まっていく。 「はい、到着」  私たちは、平安神宮の呆れるほど大きな鳥居の下まで来ていた。  高さ24.4メートル。この辺りは道もひらけているから一際目立つ。  こうやって朱塗りのオブジェクトを見上げていると、やっぱり、この街で赤というのは特別な色なんだと思う。 「入学式のとき以来かな」 「うん」  三ヶ月前。近くの会館で行われた入学式の後、私たちは平安神宮の中を歩いていた。  桜の季節だった。桃色の花と春の穏やかな気候に包まれて、二人は、物陰でこっそり初めてのキスをした。 「はじまりの土地」 「はじまりの場所」  君は小指をピンと立てた。 「ゆびきり、したやんな」 「お付き合い宣言な」  私たちは、あの日のように小指を合わせる。  私の白くて細い指。既に浅黒く焼けている君の、ちょっとだけ硬い指。  ――もっと、あなたの(ちか)しい存在になってもいいですか?  あの日の自分の言葉を、ふと思い出す。  君は少しだけ小指に力を入れる。 「血は繋がってなくてもな、赤い糸はここにある」  ふっと指が離れる。 「あの日、言ったよな。俺はただ、お前とずっと一緒におりたい」  ――恋人でも兄でもええ。俺は一人の人間として、お前が一番好きや。  目には見えないだけで、糸どうしはきゅっと結ばれている。  もしかして、寂しい目をしていたのかな、私。  気付かれていたのかな、色々。 「俺はただ、二人で、お互いが好きなものを好きなように追いかけていたいだけ」  もう、普段はずっと飄々としているのに。  時々イケメンになるんやから、ずるいよ君は。    私は、君の両肩に手を置く。左胸のシミは、すっかりシャツに馴染んでしまっている。  私はそこに、ぎゅっと口づけをした。  口から鼻へと、すっぱい匂いがほのかに漂っていく。ケチャップの匂いと、汗の匂い。 「……何してんの」  顔を離すと、私の口紅の跡がシャツにささやかな彩りを添えていた。  心臓の位置に、キスマーク。 「あなたの(ここ)を、殺してみました」 「そんなくらいで死なへんわ」  君はふっと目元を緩めて、私の唇を奪った。  夕焼け空、ケチャップのシミ、口づけの跡、赤らめた頬。  特別な色が古都の片隅に集まり、柔らかく発光している。 「時代祭、観に行こう」  口を離した君は、思い出したように言った。秋の時代祭は、そう言えば平安神宮から始まるらしい。 「うん。その前に、祇園祭の宵山を回ろう」 「山鉾巡業も見よう」 「八月になれば大文字も見よう」  赤い山鉾。赤い送り火。  夏の京都は、普段隠している赤色を一気に解放する季節。 「まだまだ、なんぼでも楽しめるな」 「ああ。まだまだこれから」  初心者の私たちにとって、この街はまだまだ知らないことだらけ。  それはきっと、知らない君に出会えるチャンスだらけ。  ステキだ。幸せなことだ。もう、何をナーバスになっていたの、自分さん?  ただ、隣にいる君が好き。それで、充分じゃないか。  君のお腹がきゅるりと鳴る。  まったくもう、と私は笑うけど、今日はよく動いたし仕方がないか。 「晩ごはん、どうする」 「あっ、今日って俺の番やっけ。チキンライス作るわ」 「どんだけトマト好きやねん」  君が一番好きな料理は、チキンライス。どこまで行ってもトマトな野郎だ。  もういっそ、もっとその白シャツをトマトまみれにしてやろうか。私の白いスカートも、トマト仕様にしてみようか。  なんちゃって。  ちゃんと後で、君のシャツの赤い汚れはきれいに落としてあげるよ。 「ええよ。チキンライスで」 「ありがと。ケチャップ切れてたし買いに行こ」 「賛成! ぷっぷー」  もう一度、ついばむような口づけを交わして、私たちは自転車にまたがる。夕暮れ時の平安神宮を横目に見て、京都の山の上にある夕日に向かい帰りゆく。    チキンライスは、お父さんの思い出の味。お休みの日のお昼に、よくじゅわじゅわとフライパンで作ってくれた。  だから私も、チキンライスは大好きだ。  そう言えば。  君は、いつも口の横を赤くしながらチキンライスを食べるけど。  幸せそうなその姿を、私は世界で一番愛しています。
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