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風が凪いでいる。
地面にへばりついた原稿用紙の切れ端は、夕焼けに照らされて、まるで燃えているように見えた。汚い字で「コノハ」と書かれたそれを、ギンは抓み上げる。
「どうして皆思い出してしまうんだ」
強く握りしめた紙片は崩れ落ちて塵となった。
「思いだして、」
「燃やされて、」
「灰になって、」
「そうしてまたひとりになる」
頬を撫でた柔らかな風に飛ばされて、手の平には何も残らなくなる。
「おれたちはくりかえすだけなのか」
答える者は、誰も、居ない。
生意気な答えが返ってこないことに絶望して、ギンは唇を噛みしめる。一人で佇んでいることが恐ろしくて、ふらふらとした足取りで歩み出した。
夕焼けに染まった世界を歩いていく。たった一人で、行くあてもなく。後ろを歩く者はもう居ない。たった一人で、終わりを告げた世界を彷徨い続ける。その孤独さに気が狂いそうだった。
一心不乱に足を動かし続けていたギンは、ある場所で動きを止める。
焼け焦げた木にもたれかかるようにして、一人の少女が倒れていた。コノハと同じ制服を着て、眠るように意識を失っている。
夕焼けに照らされたその横顔を暫く見詰めてから、ギンは彼女の元へと駆け寄る。乱暴に肩を揺すれば、少女は簡単に目を覚ました。
「起きたか」
少女はぼんやりとした顔でギンを見詰める。意識がはっきりするのを待ってから手を差し伸べると、戸惑いがちにそれを掴んだ。夕焼けの眩しさに目を細め、火傷だらけの体を不思議そうに見詰める少女にギンは言う。
「火事が起きたんだ」
少女の視線がギンに吸い込まれる。
「お前も居て良かったよ。俺だけ焼け残ったのかと思っていたから」
「かじ」
少女は目を瞬かせる。まるで何も覚えていないというように。
「他にも焼け残りが居ないか、一緒に探しに行かないか。俺はギン。お前は?」
それまで不安そうに揺らいでいた少女の目が光を取り戻した。それは、それだけは、よくわかっているというように。
「ハナ」
「良い名前だな。じゃあ、とりあえず」
ギンは背後を見やる。
「行こうか」
赤に染まった焼野原が、どこまでも広がっていた。
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