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3人は灯を見送ってから、乃愛琉の家に入った。
「NHK……合唱……コンクールっね」
乃愛琉は器用そうにパソコンのキーボードを叩いた。
「やっぱ、あたしもパソコンかスマホほしいなぁ……」
その様子を横で見ながら真湖が指を咥えた。
「あ、あった。これね」
乃愛琉が開いたページは、ウィキペディアのページだった。正式名称『NHK全国学校音楽コンクール』。1932年から続くNHK主催のコンクールで、今年2018年で85回目を迎える伝統的な合唱コンクールである。
「85回もやってるんだ?」
「だから、そんなことも知らないで出場するとか言ってんのかよ」
「全国で1000校近くが参加ですって」
「1000校!」
「そりゃそうだべ、全国だもの」
「公式ページ見てみるね」
乃愛琉がマウスを動かして、ページを切り替えた。
「北海道地方……空知地区大会……8/18日ね。市民会館ですって」
「なんだ、夏休み中じゃん」
「あ、ここに去年の結果が出てるわ」
2017年の空知地区大会の結果一覧が記録されていた。
「金賞、緑中。うちは銀賞ね。空知地区7校のうち2位」
「銀賞って、全道行けるの?」
「ううん、空知からは1校だけしか出てないみたいだから、金賞取らないとならないんじゃないかな?」
「1校だけなの?」
「だって、全道大会、13校しか出場できないのよ」
去年の全道ブロックの出場校一覧が表示された。道内全9ブロックから13校しか出場できない。うち5校は札幌からだった。
「去年、緑中って、全道大会で何位?」
「えっと……」
真湖の相次ぐ注文に乃愛琉の手がせわしなく動く。
「奨励賞って、ほとんど参加賞じゃん。つまりゲッパ(※)ってことだべ」
阿修羅がそれみろと言わんばかりに画面に指をつきつけた。
「むー。でも、ちゃんとした部じゃなくっても、空知ではうちは2位だったんでしょ!ちゃんと頑張れば全道でだって金賞とれるかも知れないじゃん」
真湖も負けてなかった。
「でも、見て見ろ。全道大会、札幌の学校が上位占めてるじゃん。レベルが違うんだよ、レベルが」
阿修羅も何度か遠征で札幌のリトルリーグと練習試合をしたことがあったが、その度に地方と札幌のレベルの差を痛感させられていた。
「とにかく、全国なんて夢のまた夢。まあ、なんとか全道にはいけるくらいにはなるかもだけどな」
「それでも、全国目指すんだもん!」
「しっかし、諦めの悪いヤツだな」
阿修羅は呆れながらも、それ以上は強くは言わなかった。
「だって、翔平にいちゃんと約束したし」
「にしても、翔にいだったら、どんだけ大変が分かってるはずなのにな。なんで、真湖にそんな約束させたんかね?」
「それは、あたしが約束したから。全国大会行けたら、絶対すごいいいことあるって、翔平にいちゃんが言ってたの聞いて」
「なんだ、真湖が勝手に約束したってことかよ」
そうは言いながらも、もし万が一でも全国に行けるなんてことになったら、それはそれで素晴らしいことではあると、阿修羅は思った。そうなると、自分も負けていられないことになるなと自分の中にも熱が篭もってきた感じを受けた。負けず嫌いの性がむくむくと頭をもたげてきた。
「真湖ちゃん、頑張ろうね!」
乃愛琉は、ブラウザを閉じてから、そう言って真湖を励ました。
「うん!」
【注釈】
※「ゲッパ」:北海道弁でビリ、最下位のこと。
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