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卒業式終了後、真湖たち4人はゆっくりと帰宅の途についていた。真湖と阿修羅は家が隣同士。乃愛琉と灯も同じ方向なので、特に示し合わせているわけではないのに、いつもなんとなくこの4人で帰宅することが多かったのだ。
小学校からの一緒の帰りはこれで終わり。
「ねえ、あっしゅは、中学入ったらやっぱり野球部入んの?」
阿修羅は地元リトルリーグに所属していて、4番でショートを守っている。
「ああ、もちろん。真湖はなんかやんのか?」
「うん、あたしは合唱部入んの」
「合唱部?」
阿修羅の声に合わせて乃愛琉と灯も意外そうな顔をした。
「翔平にいちゃんが中学の時合唱部だったんだ」
「へぇ、翔にいがね。意外」
翔平というのは真湖の従兄で、同じく阿修羅もよく相手してくれた。乃愛琉と灯も面識がある。
「乃愛琉も一緒にやるよ。ねー?」
乃愛琉には前々からそう誘っていた。二人とも唄が大好きだから。
「灯もやんない?」
「私は塾で忙しくなるから」
「なーんだ。つまんないの」
「紺野、塾行くの? 中一から?」
阿修羅が少し驚いた。
「学校だけの勉強じゃ足りないって。今の塾でもそう言われてるし」
確かに灯は小学生のうちから塾通いしていた。一部では札幌の私立中学を狙うのではと噂されてきたが、結局は地元の中学を選んだらしい。
「石東狙うならね」
「紺野、石東狙ってるんだ。すげーな」
『石東』とは、石見沢東高校のことで、空知管内ではダントツの進学校である。東大、北大その他の国公立大学を志す者も多い。
「石東って、翔平にいちゃん今年卒業したとこだよ」
と、真湖は軽々と言うが、その言葉の重みはまだ分かってない。
「翔にい、頭よかったもんな」
「じゃ、わたし、ここで。またね」
最初に乃愛琉が自宅前で手を振った。
「したっけ。次は入学式か」
阿修羅が卒業証書の筒を振って返事した。灯は黙って手を振るだけ。
「だね」
「乃愛琉、明日ね」
「うん、また明日」
二人は明日中学の制服を一緒に注文しに行く約束をしていた。
次に灯が角を曲がって別れ、最後は阿修羅と真湖だけになる。
「翔にいは札幌に行ったんだべ?」
「うん、先週」
翔平は今年めでたく北大に合格し、つい先日札幌に旅立ったばかりである。
「すげーな、北大かぁ」
「だね」
阿修羅と真湖からすれば、北大なるものは雲の上の存在である。
「真湖は、従妹なのに、なんで頭悪ぃんだべな?」
「うっせぇ、あっしゅに言われたくない」
小6の成績でいうと、二人はドングリの背比べで、クラスの平均を超えることはなかった。翔平は親戚一同の中でも珍しく飛び抜けて成績が良かったから、むしろ突然変異は翔平の方だった。
「俺はできないんじゃなくって、やらないだけ」
「はい、はい。阿修羅様」
「その呼び方すんなって言ってるべ!」
阿修羅は自分の名前が嫌い。だから、同級生には『あっしゅ』とあだ名で呼ばせるか苗字で呼ばせている。
「あ、じゃね」
真湖は舌を出しながら玄関先に飛び込んだ。
「ああ、したっけ……。……あ、あのさ」
「ん?」
阿修羅は少し躊躇う仕草を見せる。
「俺たち、中学生なんだな?」
少し恥ずかしそうな言い方をする阿修羅に、真湖は特に気にしない様子で、
「そうだね。楽しみだね。じゃね!」
手を振って家に入って行った。それを背後から眺めながら、阿修羅は深い溜息をついた。
※「したっけ」...北海道弁で、「そしたら」の意味。バイバイの意味でも使われる。
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