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「よぉ。剣藤来たか」
「うぃっす! 先輩、お世話になります!」
阿修羅は大声で挨拶して、深々と頭を下げた。相手の先輩のユニフォームを見ると『YAMASAKI』と書かれてある。阿修羅がしばらくその先輩と話をしている間、真湖たち3人は高台で野球部やその他の運動部の先輩達が練習している風景を眺めていた。
「ねぇ。なんで、合唱なの?」
突然灯が真湖に訊いた。
「だから、翔平にいちゃんが……」
「じゃなくって、なんで、合唱なのって」
語気を強めた灯の言わんとするところを掴めなくて、真湖は少し戸惑った。
「どうして、合唱部? じゃなくって、どうして合唱やりたいのかってことなんじゃないの? つまり、歌うこと?」
乃愛琉が間をとる。灯はそれに軽く頷いて、真湖を見た。『なんでそんなことわかんないのよ、おばかさん』と目は訴えていたが、残念ながら真湖にはそれは届くことはなかった。
「あー、なるほどー。あのねー、翔平にいちゃんがここの合唱部にいた時に一度文化祭見に来たんだ。おばさんに連れられてー。その時聴いた曲がさー、超よくってさー。中学入ったら絶対これやろう! って思っててさー」
真湖はタクトを振るフリをしてみせた。
「ふーん」
灯は訊いておきながら、あまり興味のなさそうな顔つきをした。
「お待たせ。行こっか?」
と、そこに阿修羅が戻ってきた。
「もういいの?」
灯が気を遣って訊いた。
「ああ。いいんだ。もう春休みの内に話しついってっから。山咲先輩から顔だけ出せって言われてただけだったんだ。合唱部って、どこ?」
「音楽室じゃない?」
真湖が即答。
「でもさ、文化系ってやってんのか? 運動系は大体出てるみたいだけど」
「行ってみたら、わかるっしょ」
という真湖の答えに、
「相変わらず行き当たりばったりのヤツ」
と阿修羅は溜息をついたが、困った顔するだけで、それ以上は言わなかった。
「じゃー、レッツゴー!」
真湖は音頭を取るようにして先頭をきって玄関に入っていった。
「ここだー」
しばらく校内図を見ながら迷いかけた結果、ようやく4人は音楽室を見つけた。
「静かだな。やってねーんじゃねーの?」
明らかに室内には誰もいない雰囲気。
「あれー、おっかしいなぁ。合唱部だけは年中練習してるはずだって、翔平にいちゃんは言ってたのに」
「翔にいと話したのか?」
「うん、昨日ね。多分春休み中から練習してるはずだって」
真湖は恐る恐る扉を開いてみた。音楽室の中には誰もいなかった。
「やっぱ、いねぇじゃん。まだ練習始まってねぇんだべ」
「どうしたい?」
4人の背後から、老齢の教師が声を掛けてきた。入学式の時に司会進行を務めていた先生だった。
「1年生だね?」
「あ、はい。あの。合唱部って、まだ練習してないんでしょうか?」
真湖が最初に返事をした。
「合唱部かい?」
その教師は少し困った顔をしてから、
「合唱部は2年前に廃部になったよ」
と、優しい口調で答えてくれた。
「え? えーーーーーーー!?」
真湖の叫び声が、廊下の端まで響き渡った。
その声は、大音響で校内及び校庭にいる在校生と教員全員に響き渡った。
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